き・し・ん14 対時

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き・し・ん14 対時

月の綺麗な深夜、誰もいない星ヶ丘高校の正門を飛ぶ黒い影。 長い黒髪、化粧もしてないのに透き通る白い肌。噛み締めた赤い唇、それは広い校庭を歩きながら視線を「そこ」に向ける。 さっと右腕を振り下ろす、風もないのに校庭の砂に縦に無数の線が走る。左手を横に振る、桜の枝がいくつか地面に落ちる。 「あー、あーーー、あ」 琴の様な音色に綺麗な声が被さる。 威嚇なのか、それとも… フワリと空を舞う、天女の様に。 だけど月光に照らされるその左右の額には短い黒い角、上げた口角には牙が覗く。 「ざっ」 降り立つ、忌地のその場所に。 「う、ううううううう、うぐ、うげ、げーー」 少女の様な獣の様な不穏な声が辺りを覆う。 赤い薄汚れた着物を着た黒髪の少女に見える「それ」はいつのまにか琴と対時した。 「なぜ、お前がここにいる、なぜ人間などに構う」 凄みのある笑顔で琴は言う 「お前こそ、なぜ舞を喰おうとする」 「あれは美味そうだ、しかも巫女の末裔であるあの肉は喰らうと力が湧く」 「なるほどな、末裔か、確かにあの子からは良い香りがする」 「く、くっくっくくくくくく、ならば何故喰わね、鬼である己が」 琴は視線を外さずに 「我が一族は500年前のあの日決めたのだ、派族であるお前らから人間を守ると。その代わり人間達は年に一度生贄を差し出した。それは今も続いている、神隠し、そう呼ぶらしいな今は」 それは言った 「笑わせるなよ、我らとお前らは何も違わない。人を喰らう鬼であることに」 「餓鬼が」 校舎の窓がビリビリと震える、琴の声はこの領域をハッキリと捉える。 「我を殺すのか、それは無理だ、我はここにあり、だがここには居ない」 不敵な笑みで耳まで裂ける口で「それ」は叫ぶ。 「殺しはしない、滅するのだ」 ゴウっと凄まじい風が吹き校舎の窓ガラスが数枚吹き飛ぶ。気を取られた瞬間「それ」は消えた。 琴は微動だにしない。 月を見上げ目が光る、その目は人のものではなく赤く光っていた。 「姿を現したか、まあよい。これでハッキリとした、餓鬼の存在が、だがなんだこの違和感は…」 ふっと風が吹いた、もうそこに舞の姿はなかった。
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