の…はずが

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の…はずが

彼は探偵社に勤めていた。簡単な依頼のはずだった。 「このマンションに浮気相手といるはずだから、このビルの屋上から望遠で写真を撮ってきてくれ」 長沢は簡単な依頼だと踏んだ。報酬も悪くない。雨の降る6月某日、目立たない様にグレーのレインコートで、屋上から望遠を構える。依頼人の奥さんの旦那が、愛人と会うのは今日のこの時刻だと上司に言われて、待ち構える。 高層マンションだからだろうか、不用心にカーテンも引いていない。人影がレンズ越しに見えた。ゴクリと生唾を飲み込む。慣れてるはずだが、この瞬間は緊張する。スーツを着た男と、淡いワンピースを着た女がハッキリとレンズに写り込む。シャワーも浴びずに、服を脱ぎ始めた。「やれやれ、楽な仕事だけど、真昼間から何をやってんだか」心の中で、長沢は毒付いた。シャッターに指をかける。全裸になった、男と女。何度か目にした光景だ。浮気の調査なんて似たり寄ったりだな。シャッターを切ろうとした瞬間に、何かの違和感を感じた。 あれ?一度レンズから目を離す。気のせいかな?もう一度レンズを除く、次の瞬間長沢は「ひゃっ」と短い悲鳴をあげた。男の体に這わせた女の手が数本あった。次の瞬間、男の体がありえない方向に捻れ、血飛沫と共に倒れた。「うわー」長沢は絶叫した。でもレンズから目が離せない。女はゆっくりと視線を上げた、信じられないほど大きな目と、長い舌で、カメラのレンズに向かい、にやりと笑った。
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