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昼休みもそこそこすぎているため、中庭にはまあまあ人がいた。
「航大君、一緒にお昼食べよう」
「は? 萌香まだ食べてないのか」
「うん、一緒に食べようと思って」
ニコニコしている彼女は、自分のお弁当箱が入っていると思しき小さな手提げと、それ以外に白いビニル袋を一つ手から下げていた。
「最近、航大君てばすぐにいなくなっちゃうでしょ。今日は見つけられてよかった」
そうなのだ。
萌香は俺と昼飯を食べたがるのだが、万が一にも博隆さんに目撃される危険を考え出来るだけ避けるようにしているのだ。
教室を飛び出す事風の如し。気配を絶ち、静かに廊下を移動する事林の如し。集団を蹴散らしてパンを買う事火の如し。下手に動かずパンを食べること山の如し。昼飯の風林火山と名付けたこの作戦は、概ね成功を収めていた。
今日はその出だしで失敗したわけだが。
「航大君が先生のお手伝いしているのを見てね、ひょっとしてお昼を買い損ねたんじゃないかと思ったの」
そう言って彼女は手に持っていた白いビニル袋を俺に差し出した。
「……あ、ありがとう」
受け取ろうとした手が空振りをする。
萌香が手元に引き戻したせいだ。
「一緒にお昼食べよう?」
「……分かった」
ぬぐぐ、断り切れぬ。博隆さんに見つかりませんように。
「ふふ、じゃあまずはベンチに座りましょ」
空いているベンチに二人で並んで腰を下ろす。
「じゃあ、これどうぞ」
渡されてビニル袋の中を見て、俺はまた度肝を抜かれた。
「か、カツサンド……。それに、これもしかしてスコッチエッグパン……」
カツサンドの横に入っていたのは、丸い揚げパン。一見するとカレーパンのようだが、アレはラグビーボール型をしている。真ん丸なのはスコッチエッグパン。これまた競争率バカ高の幻系パンだ。丸めたハンバーグの中にゆで卵が丸々一個入った物をパン生地で包んで焼いているのだ。その旨さときたらもう……。俺も幾度となく昼の戦争に身を投じてきたが、このパンは今までに一度しか食べた事が無い。カツサンドと違って、売っていない事もあるのだ。ある意味カツサンドより貴重なパンだ。
「どうやってこれを……」
「ふふふ。秘密」
「秘密って……」
ぐぅ、と俺の腹が催促の声を上げた。
「ほら、食べよ。時間、無くなっちゃうよ?」
「……そうだな」
目の前に勝者のパンを出されて、食欲を我慢しろという方が無理な話だ。
入手方法は気になるけれど、俺は早速カツサンドを頂く事にした。
薄い食パンの間に挟まれた肉厚なカツはしっとりと柔らかい。揚げたての肉を挟むわけでは無く冷めた状態で食べる事を前提に作られているから、衣に使われているパン粉はあくまできめの細かいものだ。そこに染み込むソース。このソースがパンには沁みすぎてはいけない。だからこのパンにはたっぷりとマスタードバターが塗られているのだ。マスタードの刺激的な香り、そして酸味の効いた濃厚なソースが肉の甘さと風味をより引き立ててくれる。
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