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教室に戻ると、宵町が近づいてきた。何か興奮してて気持ち悪い。
「き……聞いてくれ、火浦」
「どうした?」
「俺は……俺はついにやったぞ」
「どうしたんだ?」
「コミュニケーションだよ。風谷さんとコミュニケーションを取る事に成功したんだ」
「お、おお。凄いな。どうやった?」
「それがな、聞いて驚くなよ?」
早く言えよ。昼休みも残り少ないんだから。
「購買にパン買いに行ったんだよ」
あ、もう聞きたくない。
「そしたらさ、いたんだよ風谷さんが。購買の方を見て、困った顔してんの。……何で目を逸らす?」
「いや、何でもない。良かったなコミュニケーションできて」
「おい、雑に言うな。こっからが本番なんだから」
いやもう、ほんと良いです。理由は言えないけど。
「でなでな、思い切って話しかけたんだ。どうしたんですかって。そしたらなんて言ったと思う?」
「パンって小麦粉で出来てるんですね?」
「風谷さんはバカじゃねぇ。だがお前はバカだ。いいかよく聞けよ。風谷さんはこういったんだよ。パンが欲しいんだけど買った事が無くて怖い、と」
「ああ、そう」
「だから、雑なの止めろって。それでな、俺は言ったわけだ。お任せください、と。で、俺は身を投じたね、戦いの海へ。人だかりの中に体をねじ込んだ。そして、人混みをかき分け、艱難辛苦を乗り越えて俺は手に入れたんだ」
「何を?」
と聞くのも空々しい。
「一個はカツサンドだ。そしてもう一個。ここが重要だぞ。聞いて驚くな?」
お、驚かなきゃ。ええと、ちょっと派手目が良いのかな?
「何と、スコッチエッグパンだ」
「ええっ? あ、あの……?」
我ながら会心の棒演技炸裂。
「そうとも、あのだよ。あのスコッチエッグパンを俺は手に入れたんだ」
だが、宵町の奴は全く気付かず胸を張って俺にそう言った。
む、胸が痛い。宵町が満面の笑みを浮かべているだけに、あまりにも胸が痛すぎる。何て残酷な事をしたんだ萌香。
「そして、俺はそれを風谷さんに渡した。物凄くお礼を言われたよ」
「そうか、良かったな」
「良かった? そんな甘っちょろい言葉で済ませて欲しくないね。これは奇跡だよ火浦」
「ちょっと、喜びすぎなんじゃないか?」
「今喜ばずして、いつ喜ぶってんだ」
人が喜んでいるのを見て、こんなに悲しくなることがあるだろうか。
本当に、しみじみ申し訳ない。
俺がうっかり四時間目に寝てしまわなければ……。
「宵町……。帰りにお祝いをしよう」
「火浦……。お前は良い奴か!?」
いや、俺は悪い奴だ。
「バーガー屋で、好きなもん食ってくれ。もちろん俺の奢りだ」
「おい、マジか? バーガーに事ポテトLを頼んでも良いってのか?」
「当たり前だろ……」
「火浦……」
涙ぐむんじゃない。泣きたいのは俺の方なんだから。
そう、これは罰。迂闊な罠に引っかかってしまった自分への罰。だから財布の許す限りいくらでも払おう。例え、今月のお小遣いが尽きたとしても。
萌香からモノを貰う時には要注意。
俺はこの言葉を魂に刻みつける事にした。
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