宵町は今をときめくバスケ部員だった

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 図書室の中は静かだった。  漂ってくるのは、本が大量にある場所独特の匂い。紙とかインクとかの匂いって事になるのだろうか。  中は驚くほどに静かだった。遥か下にあるグラウンドで活動している運動部の声が良く聞こえる。  カウンターに座っているのは知った顔だった。 「大石……」 「火浦君……」  図書委員だったのか。  どうやら本を読んでいたらしく、手元には開いた本を持っていた。  図書室という場所は、大石に良く似合っていて、まるでそこにはめ込まれるべきパズルのピースのように見えた。 「何か御用?」  大石を見てそんな事を考えていたせいで、うっかり見つめる構図になってしまった。 「ひ……人を待たなきゃいけなくて。時間を潰せる場所が図書室ぐらいしか思いつかなくて」 「そう」  会話が止まる。  まあ、確かに日頃仲良くしている間柄ではないし、和気藹々と雑談が始まるなんて思っちゃいない。  そもそもここは図書室だ。  幸い、俺以外の閲覧者はいないようだが、やはり図書委員が率先して雑談を始めることは出来ないだろう。本来であれば、それじゃ、とでも言ってそのまま本棚の物色に入るべき場面だ。けど、大石と二人きりというシチュエーションが実は今日二回目なんだよな。普段ない事が突然二度も起こると、何かに導かれているような気になるじゃないか。  そんなちょっとした悪戯心のようなもので、俺は会話を続けようとしてみた。 「何か、お薦めの本、ある?」  会話が終わったと思っていたのか大石はビクッと体を震わせた。 「お……お薦め?」 「そう。時間が潰せて、あんまり難しくない奴」  彼女は眼鏡の奥の切れ長の目でじっと俺を見つめた。しくじったか、と悪戯心に身を任せて話を続けたことを少し悔やんだ。  まさに蛇に見つめられたカエルの如く、俺は動けなくなった。大石は相変わらず俺の事をじっと見ている。その顔は、相変わらず表情の変化に乏しいが、ちょっと瞳が揺らいでいるようにも見えた。  これはどういう表情だ?  俺が見極めるよりも早く、大石は何も言わず立ち上がってカウンターの裏側にある図書委員用の事務室に引っ込んだ。  やっぱり怒らせてしまったようだ。  仕方ないから自分で探そう、と本棚の方を向いたその時。 「これ」  小さな声が背後から聞こえた。  振り返ると、大石が一冊の本を俺に差し出していた。 「短編集だから、そんなに難しくないと思う。でも、時間は潰れると思う」 「お、おう。ありがとう。……ん?」  見れば、本には分類シールもバーコードもついていなかった。 「これ、私物?」  すると、大石は左右に首を振った。 「今度入る本。……読むだけなら」 「大石は読んだの?」  彼女はしっかりはっきり頷いた。わざわざ薦めてくれるって事は、面白かったって事なんだろう。 「ありがとう。じゃあ、読んでみるよ」 「帰る時、返して……」 「もちろん」  新刊を読ませて貰えるなんて思っていなかった。特別扱いされたようで何となく嬉しい。まあ、実際は本棚に行ってまで探すのが面倒とかそう言う事もあるんだろうけど。それでもあなたに薦める本なんかないと言われるよりは百倍嬉しいじゃないか。  とはいえ新刊だ。気を付けて大切に読もう。  カウンターに近い方の閲覧テーブルの一角を陣取り、俺はのんびりと本を読み始めた。
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