宵町は今をときめくバスケ部員だった

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 邪魔が入ったのは、本を読み始めて十五分ぐらいした時だろうか。  物凄い小声で耳元で囁かれた。 「こ・う・だ・い・君」  そのくすぐるような吐息に、思わず体がびくっと反応した。その途端、ガタッと椅子を大きく揺らしてしまい、図書室に大きな音が響き渡る。しまった、と思った時には大石の目がこっちを向いていた。その刺すような目つきから逃れたくて、悪戯の主を勢いよく振り返る。 「萌香……」 「ふふ、びっくりしちゃった?」  背後に立っていたのはもちろん風谷さんちの娘さんだ。 「探しちゃったよ、どうしたのこんなとこで」 「人待ち」 「え、私のこと待っててくれたの?」  胸を両手で押さえ、感激と言わんばかりに萌香は両目を閉じて斜め上に顔を上げた。何なら体を細かく震わせていたかもしれない。それに対して俺は呆れるぐらいしか返す反応を持っていなかった。 「ほんとにごめんね。今日、日直だったから……」 「いやいや、待ち合わせしてないし」 「え、でも待ってくれてたって」 「言ってない。俺は人を待ってただけ」 「だから私……」 「違う!!」  思わず少し大きな声になってしまう。  不味い、と思ってカウンターを見れば、大石はさらに鋭い視線を俺を睨みつけていた。  いやいやいや、違うんだって。 「もう、どこ見てるの航大君」  顔をぐっと掴まれ、無理矢理萌香の方を向かされる。 「私はこっちよ」  んな事は知ってる。 「ね? 一緒に帰ろ?」 「む、無理だ。今日は」 「そんな事言って。いっつも先に帰っちゃうじゃない。たまにこうして会えたんだから、一緒に帰ろうよ、ね?」  ね、でまたコクンと小首を傾げるんだこの子は。  もちろん可愛いさ。言うまでもない。けど、この一撃で転がるほど耐性のついていない俺じゃない。  それに、今日はどうあったって一緒に帰るわけにはいかないのだ。 「ダメだ。一人で帰ってくれ」 「どうして?」 「どうしてって、俺は別の奴と帰る約束をしているからだ」 「じゃあ、その子も一緒に帰ろう」 「絶対ダメ」  萌香がいたら全てが台無しになる。  最悪の場合、宵町は死ぬだろう。 「どうして? 女の子なの?」 「違うよ」 「ひょっとして、あの子?」  指さしたのはカウンター。そこにいるのはもちろん大石で、彼女は突然指さされたことに驚いているのかいないのか、相変わらずこっちを凝視している。  何でどっちとも付き合ってないのに、こんな浮気者みたいな扱いになってんの? 「違うよ。とにかく、いったん場所を移そう」 「……良いけど」  どこか不満げな萌香。  折角大石に借りた本なのに、殆ど読めなかったな。面白そうな本だし、正式に入ったら借りに来ようかな。  俺はその本をカウンターの大石のところに持って行った。 「ごめん、大石。あんまり読めなかった」 「別に、気にしてない」 「また、正式に入ったら、借りに来るから……」  ドン、と腕に衝撃。  何かと思えば萌香が俺の腕にしがみついていた。 「ちょ、お前何してんだ」 「えー、良いじゃない。くっつくぐらい。航大君の腕、私好きよ」  そんな腕フェチを今告白されても……。話してる最中なのに。  話を続けようと改めて振り向いたら、大石の目に冷たい光が見えた。 「気にしてないわ」  一言そう言うと、もうそれっきり目も合わせてくれなくなった。 「ほら行こ。別の場所行くんでしょ」  萌香が俺の腕を引っ張る。 「ごめん、ありがとう。じゃあ、また明日な」  返事は無かった。まあ、そりゃそうだよな。萌香め。毎度のことながら悪いタイミングで現れやがる。 
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