俺の朝は早い

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 というわけで玄関を出た。  慎重に左右を見回す。  念のため背後も。  人影無し。後何年ローンが残っているかは知らないが、親父曰く三段積みの清水舞台から飛び降りた気分で買ったというマイホームが静かにそこにある。  よし、行こう。  一歩目を踏み出した瞬間だった。 「こ・う・だ・い・君」 「ひゃん……」  甘ったるい声と共に、背後から背中を四回つつかれた。 俺は思わず腰砕けになりそうになった。  何て絶妙なタッチングだ。  ここまで俺の急所を理解した「つつき」ができる人間はそうそういない。 「ふふ、可愛い……」 「風谷さんとこの娘さん」  振り返ると、そこにはふんわりした雰囲気のとてつもなく可愛い子が笑顔で立っていたわけで。身長は百六十無いぐらい。小柄で、心持ちふっくらしている。茶色の緩くウェーブがかった髪をポニーテールにしている。太目の眉を前髪で隠し、同じ色の瞳をした大きな目は少し垂れ目。色白。制服を隙なく着こなし、片方の手はまだ俺の背中をつついたと思しき人差し指を伸ばした形。反対の手で通学鞄を持っている。 「萌香って呼んでよ」  こくんと首を傾げる彼女はとてつもなく可愛い。  これは俺の主観によるものでは無く、事実高校でも彼女の人気は高い。  人当たりが良く、舌足らずな甘い喋り方をする彼女だが、それでいながら付き合うとなれば難攻不落具合は忍城のごとし。  常に隣にいるあの色白で部は誰だ。 知らんが身の程知らずだ殺そう。 こういう考えに行きつくのは、年頃の男子として当然の帰結ではあるまいか。だからと言って易々と殺されてやるわけではないが。 そんな俺の修羅場などどこ吹く風とばかりに、萌香は今日もこうして俺の目の前に現れた。 「……萌香」 「ふふ、おはよう」 「お、おはよう」  ほんとに可愛い。重病見つめていたら恋に落ちるのも無理はない。幼馴染として耐性のある俺ですら、ぐらりと来そうになるのだ。 「早いね。野球部の朝練?」 「入ってねーよ」  流行りか、その挨拶。 「じゃあ、何でこんなに早いの?」 「お前こそ、普段はもっと遅いだろう」  ていうか、俺の通学時間を狙って家を出てくるよね? 「愛……かな? きゃっ」  ワザとらしく手を口元に当てて身をくねらせるでない。 「奇跡だね。記念にちゅーする?」 「しねーよ」  いやいや、そんなご不満そうな顔されましても。  朝っぱらからそれはどうかと俺は思うなぁ。  しかもこんなところで、なんかいちゃつく真似事なんかしてたら……。
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