俺の朝は早い

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「ちょーっとまったぁ!!」  ほらきた。  風谷家から飛び出してくる影有。  その人は彼女の兄なり。  病気レベルのシスコンで、俺の命を狙う人筆頭である。同じ高校に通う三年生で、博隆(ひろたか)さんという。こちらも妹に負けず劣らず美貌の持ち主で、学内女子からの人気がとても高い。  だが今は、その端正な顔を歪め、くまさん柄のパジャマのままで家から飛び出してきているもんだから、台無しだ。  足元もくまさんスリッパだけど良いんですか?  良いんだろう。だって、博隆さんは迷いなく俺の近くまでその姿でやってきて、せっかく整えている襟首を掴んできたのだから。 「この、腐れモッツァレラチーズ略してクズ!! 貴様今、萌香に触れたな?」  ははは、さすが成績優秀なお兄様。  罵倒文句にもそこはかとない上手さがありますな。  これぞ知識の無駄遣い。 「いやいや、ノータッチです」 「嘘つけ、家の二階から監視していたぞ? 俺の見ていない角度で触っただろう」  見てないんじゃん。これで学業優秀だってんだから、学校の勉強と人間的賢さには絶対的な差があると言わざるを得ない。  もはや害悪クレーマーの類ではないかと思うがどうか。  誰か助けて。 「触ってませんってば」 「嘘を吐くんじゃあないぞ。本当のことを言うまで、一本ずつ指をへし折ってやろうか!!」  想像しただけで痛いわ。 「触ってないし、むしろ触られました」 「やはり貴様、萌香の指先に体の一部を押し当てたな? どこだ? どこを押し当てた? その部分をアイスクリームスクーバでえぐり出してやる!!」  だからなんでこの人はこう猟奇的なんだ。  妹への愛が過ぎるのは分かるとして、俺に与えようとする罰が悉く常軌を逸してると思うんですが。逮捕とかされないの? 「お兄ちゃん、私は何にもされてないよ」 「ほんとか、この腐ったモッツァレラチーズに言わされているのと違うか?」 「違うよ。ほんとに触られてないってば」  溺愛している妹の主張に、博隆さんは俺の襟首から手を離してくれた。相変わらず目は敵意に満ち溢れているけど。  ありがとう萌香。今だけ感謝するよ。 「だがな、もし萌香にいただけない事をしてみろ。あっちの大陸にいる変態肉屋に貴様を売り飛ばして、肉饅頭に加工された貴様を大陸中の人間に食わせてやるからな!!」  怖い怖い。  そんな伝手まで持ってんのかよ。高校三年生がどうやってその繋がりを手に入れたんだよ。 「ちなみに頂けない事とは?」 「掴む触れる近づく見る同じ空気を吸う存在するなどだ」  俺のデッドチャンスが多すぎる。 「もう、お兄ちゃんいい加減にして。航大君が困ってるでしょ」  困ってるなんてレベルはとうに超えているけどな。 「いやしかし、お前に万が一のことがあったら……」 「無いよ、そんなの」 「でも、こいつと喋ると、それだけでお前に呼気がかかって汚染されるんだぞ?」  汚染て地味に酷くない? 「汚染なんてされません」 「お前が気付いていないだけだ。くしゃみが射出されるときの時速を知らないのか!!」  ああ、この人は本当に残念な人だ。妹さえ絡まなければ、タダのイケメンとして女子にもてはやされて生きていけるのに。 「もう、ほんとにいい加減にして!! お兄ちゃんと喋ってる方が、よっぽど心が汚染されるよ!!」 「なっ……」  ガーンって文字が見えた。  立体表記で、真っ赤に塗られたガーンって文字が博隆さんの頭の上に浮かんで、それからガラガラと崩れ落ちて博隆さんの頭に降り注いだ。その衝撃に押されたかのごとく、博隆さんがその場に膝をつく。 「そんな……。萌香……」 「あんまり航大君の事を困らせるなら、私お兄ちゃんを嫌いになるからね」 「えふっ……」  博隆さんの心臓を貫くグサッという文字が見えた。  かなりエッジの聞いたソリッドなサが博隆さんの胸にざっくりと刺さり、それを後押しするようにグが乗っかっていた。  その場に仰向けに倒れる博隆さん。そのままピクリとも動かなくなった。 「いこ、航大君」 「良いの?」 「いいの。それより、手、つなご?」  スッと伸ばされた白くて滑らかな小さい手。 「え、いや、その」 「嫌? 嫌なの? 私と手をつなぐの、嫌い?」 「そんな事は……」 「じゃあ、つなご? ね?」  小首をこくんと傾げられては贖い様がない。  俺は自分の手をズボンの尻で良く拭いて、それからゆっくりと……。
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