俺の朝は早い

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「いやいや別にそんな」 「誤魔化してもダメだよ」  ずいっと一歩近づいてくる。 「私、分かるんだからね、航大のことなら」  さらにずずいっと一歩。 「おこちゃまって思ったでしょう?」  さらに一歩。  後退りたいのは山々だが、学校にも行きたいので立ち止まっていると、いつの間にか随分近くまで萌香が来ているではないか。  ヤバい、と思って振り返ると、横たわった侭なれど、しっかり目を開けてこっちを見ている博隆さん。やっぱりなぁ。 「ほ、萌香」  博隆さんが見ている、と言いたくてそちらを向いたまま声をかける。 「なぁに」  と呟いた彼女の呼気を首筋のあたりに感じた。 「えっ?」  振り返った俺の視界一杯に萌香の顔。 「うわっ」  思わず仰け反るのと、萌香が目を閉じて唇を突き出し背伸びしてくるのとが同時だった。結果、彼女が多分キスをしようとしたのは空振りに終わった。   あ、危ない。 「ほ、萌香?」 「残念、失敗しちゃった」  テヘペロってな感じでいたずらっ子の笑みを浮かべてらっしゃる萌香さん。 「いつまでも子供じゃないんだぞ?」 「いや、そんな悪戯してくる時点で……」 「悪戯? そんなつもり、無かったけどなぁ」  やっぱり本気だった。  危なかった。  もし、キスが成立していたら、博隆さんはありとあらゆる手段で殺しに来るだろう。それこそ、伝説のスナイパーを探し出して依頼をしかねない。 「博隆さんが見てるから、勘弁してくれよ」 「え、お兄ちゃん生きてるの?」  勝手に殺しちゃいかんよ、妹。  俺越しにひょいと覗いた萌香は高君、と首を傾げた。 「いないよ?」 「え?」  振り返ると、確かに先程迄横たわっていた博隆さんはいなくなっていた。 「そんな……」  馬鹿な、と言おうとして背筋に寒気が走った。  見られている。  姿こそ見当たらないが、博隆さんはどこかから俺を見ている。そして凄まじい殺意を俺に向けている。 「行こう萌香」 「どこへ? ハワイ?」 「学校」 「なーんだ。デートじゃないのかー」  デートなわけが無い。  平日。そして朝。学生が向かうべきは学校なんだってば。  俺の命を兄妹で縮めにかかるのはいい加減止めて下されろ。 「良いから行こう」 「ああん、手はぁ? つなごうよー」 「い・や・だ!!」  せっかく早く出たというのに、どうして朝からこんな目に遭うって言うんだ。  俺はただ、平穏に登校したいだけなのに……って、なんかあれだな。  今の俺、やれやれ系主人公みたいだな。  まあ、何となく原因は分かるけど。 「ねぇ、航大君」 「何だよ」 「手、つなご」 「断る」 「もー、意地悪ぅ」  推定原因殿は頬をぷっと膨らませた。  まったく、やれやれ、参ったもんだ。  あ……やれやれって言っちゃったよ……。
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