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宵町は良く食べた
宵町は良く食べた。
「いやあ、食った食った。御馳走さまだ」
「腹、膨れたか?」
「もちろんだ。ポテトサイズアップだけでなく、ナゲットと追加でバーガー一つ食べたからな。良かったのか?」
そう言いながら腹をポンポンと叩いている。
もちろんだとも。そう言う意味を込め、俺は一つ頷いて見せた。
好きなものを好きなだけ。その言葉に嘘偽りはない。だから奴が財布の中身を滅ぼしに来ている、と感じても何も言わなかった。
ただ、求められるままに金を払った。当然だ。知らぬ事とはいえ、奴の純情を利用して俺は腹を膨らませたのだからな。もちろん痛くはある。今月のお小遣いが完全になくなったわけだから。だがもっと痛いのは俺の心だ。彼はまだ萌香とのコミュニケーションに成功し、一定の成果を上げたと信じているわけだから。
出来ることなれば、このバーガー屋を買い取って宵町に進呈したいぐらいだ。
そんな俺の心を表すかのように、バーガー屋を出た俺達の上に広がる空は鉛色をしていた。
本来であれば綺麗な夕焼けでも見られそうなものだが、見えるのは分厚く垂れた不穏な雲ばかり。
「店に入る前は大丈夫そうだったんだけどな……」
「まあ、今日は夜から雨の予報だ。仕方ないだろう」
「なん……だと……?」
「おまえ、天気予報ぐらいは見て来いよ」
そう言いながら宵町は鞄の中から折り畳み傘を取り出した。
何だその準備の良さは。
一方、俺の鞄の中には何も入っていない。強いて言うなら、宿題ぐらいだろうか。
「普段なら見ているんだけどな……」
そう、今朝は早かったのだ、家を出るのが。
まさかこんな悲劇が待っているとは思わなかった。
とかなんとか言っている間にポタっと頭に雫の感触。
周囲のアスファルトには黒い点々があちこちに落ち始めていた。
「いよいよ来たか」
宵町はそう呟き、折り畳み傘を開いた。もちろん折り畳み傘だからその面積は小さく、男子学生を二人もカバーできるような力は無い。
「すまんな、火浦。お前には祝って貰ったというのに。けど、バスケ部は試合が近くて、顧問から体調管理を厳しく言い渡されているんだ……」
「いいさ。俺は所詮しがない帰宅部だ。幸いにも大会は無いし、多少濡れても問題ない」
「ありがとう。だが、濡れネズミになるお前を見ているのは辛いから、俺はこのまま走って帰るよ」
「ああ、また明日な」
「ご馳走様。お前は心からの友と書いて心友だ」
そう言い残し、宵町は走り去っていった。
心の友を名乗るなら、傘の代わりになるものぐらい置いて行け、と思うのは俺の心が卑しいからだろうか。バーガー屋の近くにはコンビニもあったが、俺の財布にはもう傘すら買う余力は残されていないのだ。仕方なく俺は大股で走り始めた。
できるなら雨よ、このまま程度の威力を保ちたまえ。そう、俺が帰宅するまでの間だけでも。
徒歩で大体二十分。
毎日通学路を歩いて鍛えている脚力を見せるときが来た。
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