ネコ耳女子高生

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「うそ! マジ! ヤダ! 信じられない」  朝である。  目が覚めて布団からはい出た私は、トイレで用を足したあと、洗面台の鏡に映る異様な光景に絶句した。いや、絶叫した。 「こっ、これって何の冗談よ!」  鏡には毎度のことながら『さえない女子高生』が映っていた。  この春、めでたく最上級生になろうというのに、私ったらまったくイケていない。  だが、生えていた。 「これって、いわゆるひとつの猫耳よね?」  いや、二つである。  それは私の頭の上にしっかりと二つある。  つまり耳が四つある。 「耳はここに普通にあるじゃない。じゃぁ、これはなんなのよ」  まさかこれはとんでもない奇跡によって生成された寝癖ではないかという期待を込めながら、右の手で右の猫耳を、左の手で左の猫耳をつまもうとした。 「ひゃあっ!」  背中から首筋に掛けて、ぞくぞくっとする感覚。  指が触れるか触れないうちに、猫耳は左右別々のタイミングでビクっと反応した。  それは、まさしく猫の耳であった。 「あるよ。これ、本当に頭の上にあって……生えている」  音は普通に聞こえいる。  それが標準装備の耳で聞こえているのか、猫耳で聞こえているのか区別がつかない。 「まず、顔を洗おう。歯も磨かなきゃ。そんで髪をとかして、牛乳飲まなきゃ」  もちろん、それ以外にもいろいろやらなければならないことがある。  たとえば『この猫耳の生え際はいったいどうなっているのか』とか、『猫耳の穴はどこにつながっているのか』とか。  でも、もしも、そんなことをしたら、今日一日終わってしまうような――いや、私自身が『終了』みたないことになる気がして、それらは『To Do リスト』から除外した。  春である。  さんざんな期末テストの結果。  未だに進路なんてピンとこない。  ピンとこないけど、あきらめもつかない。  仲のいい朱美や由紀みたいにはわりきれない自分がいた。 「どうだった? 杏子」  朱美が茶髪の入った髪にブラシを入れながら聞いてきた。 「そんなこと聞いちゃうんだ……」 「だって、ほら、アタシが人のテストの結果を聞いて落ち込まずに済むのって、杏子か由紀くらいしかいなしー」  放課後、朱美と由紀の三人で教室の隅でだべるのが日課だった。  由紀は相変わらず携帯のメールをチェックしながら会話をする。 「ワタシらさぁ、もうデフォで頭悪いからどうにもならない感じ? でも朱美はモテモテだからいいよねー。杏子」  朱美は私たち以外の付き合いはほとんどが男の子だ。 「由紀には加藤君とラブラブじゃん。私には彼氏もいないし、モテないし、アタマ悪いし……」  私はもっか、彼氏いない歴記録を更新中である。 「そっ、そんなことないよ。杏子はほら、アタシよりも真面目じゃん! 内申書って結構ポイント高いんでしょう」 「そうそう。朱美とワタシはぶっちゃけ担任にも見放されているしー」 「真面目だけが取り柄で頭悪いってさぁー、なんか私、しょぼくない?」 「ぷっぷぅ……きゃはっはっはっはっ」  二人と一緒に居るのは楽しい。  本当にいい友達だ。  でも、こういう付き合いっていつまでも続かない。  中学の時に遊んでいた友達とは、もう誰一人として繋がっていない。朱美とも由紀とも高校を卒業したら、疎遠になっちゃうんだろうなぁと思っていた。  そんなことを考え出すと、不安になって、さみしくなって、眠るのが怖くなる。 「変わりたい」  あー、そうだった。確かに私は、そう願ったのだった。  歯を磨きながら、私はそんなことを思い出していた。  猫耳がピクピク動く。  この春休みに、私、変身する!  赤点ギリギリで補習を免れた私は、赤点ギリギリで補修を受けることになった二人と違って、暇を持て余していた。  一念発起。  まずは形から入ろうと、普段は買わないようなオトナなファッション雑誌をコンビニで立ち読みすることにしたのだった。  夢中になって読んでいると、そこにきれいなお姉さんが現れた。  中ボス級の佇まい。  私があと、何年修業したところで、このお姉さんみたいな色香は出せないだろうというオーラ―に圧倒される。  そのお姉さんは私が読んでいるのと同じ雑誌を手に取り、パラパラとめくると、ポイッと捨てるように元の場所に戻した。  なんだか、私自身が捨てられたような気分になって、いたたまれなくなって、愛読の週刊少年漫画誌を買って家に帰った。  私には無理。  がらんとした部屋に猫耳の私がぽつんと一人、牛乳を飲んでいる。  愛用のマグカップには大好きなネズミのキャラクターが微笑んでいる。 「ネズミだニャン」  どうやら、私は本当に変身してしまったようだ。  春休みでよかった。  共働きの両親は8時には家を出てしまう。今日一日部屋に閉じこもっていれば、とりあえずは問題ないのだから、親が帰るまでになんとかなれば……。 「なんとかって、何するニャン」  どうしようもなく眠たくなってきた。  快晴である。  ベランダの窓から優しい日差しが降り注いでいる。  私は反射的に、動物的に、当たり前のように日の当たる場所に腰を下ろし、うずくまった。  なんて気持ちいいんだろう。  このまま、猫になるのも悪くない。  そういえば夏休みの宿題で虫に変身する男の本を読まされたことを思い出した。 「猫で、よかったニャン」  そう思ったら、なんだかとても幸せな気分になってきた。 「にゃお~ん」  私はもしかしたら、まだ夢の中なのか。寝て起きたら、もとに戻っているかも……ムニャムニャ  ZZZzzz……  ピンポーン、ピンポーン  誰か来たようだけど、この姿で出るわけにはいかないニャン。    コンコン、コンコン  ノックの音。当然無視だ。  ガチャ、ガチャ、ガチャ  いや、いい加減しつこいんですけど。  カチャ、カチャ……  怪しい物音にかわった。  眠い目をこすりながら周りを見渡す。  どうやら、一眠りしてしまったらしい。  太陽はほぼてっぺんに来ていた。ベランダの窓に一匹のシャムネコの姿が映っている。 「なんでこんなところに猫がいる?」  と口で言ったつもりが、私の耳に聞こえたのは猫の鳴き声であった。 「にゃお~ん」  あら、イヤだ! 本当にネコになっちゃったのね、私。  これで、猫耳の心配をすることもない。  ネコの頭にネコの耳が付いているのは、鏡餅の上にミカンが載っているくらいに自然なことだ。  普通、米の上に果物なんてありえないのに。  ともあれ、問題はこのカチャカチャいっている音である。  もう気になって仕方がない。  怖いとか、危ないとか、そんなことはどうでもよかった。もう、気になるものは気になるニャン。  ベランダの窓辺から玄関に向って移動する。  生まれ育った家の中なのに、まるで別の場所のように感じたのは、いつもと見ている視界が違うからに他ならニャン。  玄関のドアを見上げる。誰かいたずらでもしているのかニャン。  親ならとっくに鍵を開けて入ってきているだろうに……いったい誰がかニャン。  にゃにゃにゃん!  戦闘モードのスイッチが入った。  いつもの私だったら、ビビッてパニックになっていただろう。  外にいるのは敵ニャン  カチャッ!  鍵が開き、ドアノブがゆっくり回る。  ドアの隙間からサングラスとマスクをした男が顔を覗かせた。サングラス越しに、目と目があった。  一瞬の沈黙。マスク越しにくぐもった声で「なんだよ、猫かよ」という声が聞こえた。 「猫でわるかったニャン」  そう思った瞬間に無性に腹が立ってきた。  生まれてこの方、味わったことのないような屈辱感。  こんなに何かに対して怒ったのは初めてのことニャン。 「シャアーーーーー」  私は身を低く構え、ゆっくりと口を開きながら、たまった息を細く長く吐き出す。  全身の毛が逆立つ。  尻尾の太さが4倍に膨れ上がる。 「そんなに怒るなよ。おとなしくしていれば何もしねぇからよ」  男は滑り込むようにドアの隙間から部屋の中に侵入する。  住居不法侵入罪ニャン。 「人の気配はなさそうだが……、しかしネコを飼っているなんて情報なかったよなぁ」  当然である。私も今さっき知ったばかりニャン。 「おじさんは犬はきらいだけど、猫は好きなんだよね。だからそんなに怖がるなって」  男が不用意に手を伸ばしてきた。  黒い皮の手袋が私の視界を奪おうとしたので、私はとっさにその手に飛びついた。  右の前足でネコパンチ!  すかさず左をぶち込み、思いっきりツメを立ててやった。  男がおどろいて手を引っ込めようとしたところに、後ろ足で思いっきり跳躍し、男の腕にしがみつく。  親指の付け根から手首にかけて思いっきり噛み付き身体を左右にふった。  犬歯が手袋を付きぬけ、何か硬いものにあたる。 「いっ、痛い!痛い!痛い!」  声を出すのをこらえきれないほどの痛みを男にお見舞いしてやったニャン。 「シャアーーーーー」  私は、ひらりと身を翻し、男の左手による反撃をかわした。  サングラス越しに男の殺気を感じたが、ひるむことなくこちらも覇気で応戦した。 「ううぉーーーーーーーーーん、うぉーーーーーーーーーん」  男の注意がそれた。  どうやら外の様子を気にしているらしい。  この時間、両隣は留守である。それを見越しての空き巣だったのだろうけど、あいにくここにいるのは『さえない女子高生』ではなく、女子高生を諦めたネコである。性質が悪い。  バタン  手負いの空き巣犯は出て行った 「お前の受けた痛みなんか、私のそれより、ぜんぜん、たいしたことないんだから! 女子高生なめるなよー!」  私はいったいぜんたい、何に怒っていたのだろうか  私には何もない  朱美はモテるくせに、どうしようもない男に引っかかる。  みんな朱美は軽い女だ、いつでもヤレるって噂している。  でも朱美はときどき”私なんか、みんなどうでもいいのよ”ってさみしく笑う。それがとても嫌だった。  由紀の彼氏は普段は優しいけど、切れると暴力をふるうらしい。  メッセ即返しじゃないと後で殴られるレベルだって笑いながら言っていたけど、あの子の身体に青あざが出来ていないことはなかった。  ”好きになっちゃったんだから、しょうがないのよ”って笑って見せる。それがとても嫌だった。  でも、私には二人に同情してもらえるようなドラマチックな事は何一つなかった。  それが、嫌だった。  何もないからって、痛くないってこと、ないのになぁ  泣けなかった  いっそ、思い切り泣いてしまえばすっきりするのかと思ったけど、どうやら猫にはそういう機能は付いていないらしい  泣きたいよ、私……  私は再び暖かい場所で身体を丸めた。  窓に映る私の姿は無愛想なシャムネコだった  いいや、もう寝よう  私は、小さく、小さく丸まって寝息を立てた。  ピーポーピーポーピーポー  ……外が騒がしい  パトカーの音、人の声、聞いたことのある、男の人の声 「杏子、大丈夫か! おい! 杏子」 「パパりん……」 「心配したぞ。玄関に鍵もかけないで、こんなところで転寝(うたたね)とは、のんきなものだ」 「どうしたの? パパりん会社は?」 「なんだ、お前、ずっと寝ていたのか?」 「うーん……、よくわかんない」 「2階の園田さんから、メールが来て、このマンションで空き巣と警官の大捕物やっているけど、杏子ちゃん大丈夫かって」 「空き巣?」 「ほら、携帯に電話したのにぜんぜん繋がらないから、心配して飛んできたんだぞ」 「ごめん、パパりん。私……、私……」  それから私はお父さんの腕にしがみついて、子供のように泣いた。  お父さんは大きな手で、猫耳が生えていたあたりを優しく撫でてくれた。  高校生にもなって父親のことを『パパりん』と呼ぶような私だから、あんな変な夢をみたのだろうか。  後日警察が何度か家にたずねてきた。  空き巣犯はうちに忍び込もうとして、猫に噛まれたと言っているそうだ。血を流しながらエントランスを出たところでたまたま通りかかった警官に職務質問されて御用となったらしいことを後から聞いた。 「お宅では、猫を飼っていらっしゃいますか?」 「いえ。そもそも、ここはペット禁止ですから」 「そうのようですね。まぁ、犯人の供述がすべて事実とも限らないのですが……、わかりました。それでは失礼します。年頃のお嬢さんもいらっしゃるようなので、くれぐれも戸締りには気をつけてくださいね」  警官が帰ったあと、お父さんがこんな話を聞かせてくれた。 「杏子は見たことなかったっけ? 実家に飾ってある猫の写真」 「そんなの、あったっけ?」 「うん。パパが大学生の頃に知り合いから子猫を預かってね。紆余曲折あって結局、家で飼うことになったんだ。10年くらい生きていたかなぁ……。その猫が亡くなる前に田舎のおばあちゃんが危ないって連絡があってね。妹一人を残して家族みんなで長野まで見舞いに行ったんだよ。そしたらおばあちゃん、なんとか持ち直してね。でも、その日の夜、妹に電話したらついさっき、猫が息を引き取ったって……。あの猫はおばあちゃんの身代わりになったなんて、話したものさ。今回も、もしかしたら、その猫が杏子を守ってくれたのかもしれないな」 「その猫って、どんな猫だったの?」 「オスのシャムネコだよ。名前はドラ。ドラ猫のドラじゃなく、ドラゴンのドラさ」  なんとなく、その猫が名前を呼ばれるたびに『なんて迷惑な名前を付けてくれたんだ』って不機嫌そうにしている姿が頭に浮かんだ。  私は、何度かこの話を、朱美や由紀にしようかと思ったけど、とうとう話すことはなかった。こういう話は大切に胸の奥にしまっておくことで、私の心の支えになってくれるような気がした。  高校を卒業してから、二人とは連絡を取っていない。  拍手の音が聞こえる。低音の効いたビートの振動が身体に伝わってくる。 「杏子ちゃーん、出番だよ」 「はーい、今行きまーす」  あの高校3年の春、私は人生の転機を迎えた。  愛用のマグカップをネズミから猫に代え、ありとあらゆる猫グッズを集めるようになった。 「おっ、杏子ちゃん、今夜も猫耳、きまってるね!」  私は今、『にゃんぷードラゴン』という電波系音楽ユニットを結成し、ステージに立っている。  まだまだ、小さなステージだけれど、世界の猫好きが、私をより大きなステージへと導いてくれると信じて疑わないニャン。 「にゃにゃにゃーーーん」  ステージの幕が上がった。会場は猫耳や猫グッズを身に着けたお客さんであふれている。  私は変身した。  おわり
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