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はああああああああ、とそれはそれは深く重いため息である。
此処は学校の教室。机に座って向かい合っている自分達と彼女。目の前の少女が吐き出したそれに、雪光冬弥は眼をぱちくりさせた。思わず隣にいる双子の兄――雪光夏弥と顔を見合わせてしまう。相変わらずのおんなじ顔だ、髪の長さを揃えたら周囲も見分けがつかんだろうな――と、今はそういうことはどうでもよくて。
「どうしたのさ、キミさん。そんなにくらーい顔しちゃって」
冬弥が心底正直な感想を述べると、目の前の少女――同じ高校のクラスメートである少女、加藤貴美華はゾンビさながらの有様で顔を上げる。黙っていれば、目つきはちょっと悪いけど十分美人の範疇に入る――筈なのだが。今はすっかりどんよりしていて、全くそうは見えないという。人の美醜は表情次第で簡単に変わる、なんてことを言った人がいるが、なるほどその通りであるのかもしれない。
「冬弥、いい加減キミさん呼びやめてくれねぇかな……」
彼女は低い声で唸った。
「アタシの黒歴史そんなに掘り返したいんかい」
「え、黒歴史もなにも……キミさんって現在進行形で番長じゃないの?ウチの高校の番長と言ったらキミさんで確定だよねってみんな話してるんだけど。ねえ夏弥?」
「うん。キミさんはうちの番長」
「クラスメートだからな!?同い年だからな!?しれっとさん付されるのむしろ辛いからやめよう!?それとアタシはもう番長どころかヤンキーでもねえ、普通の女子高生だっつーの!!」
双子で声を揃えてやれば、貴美華からは殆ど悲鳴のような声が上がった。何をそんなに否定したいのだろう。番長である、というのがそんなに嫌なんだろうか。確かに、中学時代のように露骨にブイブイ言わせている様子は見えないが――それでも、今の彼女は十分にこの高校の番格を務めるに相応しいというか、しかもそれは怖がられているというより信頼されているという方面であるのだが――自覚はないのだろうか。
そう、目の前の、ちょっと口の悪い少女は。中学時代は、この近辺の不良中学生達を従えていたヤンキー娘であったのだ。煙草はほぼ吸わなかったけど酒はやっていた、らしい。クスリも手は染めなかったけれど知り合いにやっているヤツはいた、らしい。そんでもって、売られた喧嘩は高値買取返品不可が基本であった上、当然のごとく前線全勝であった――らしい。全部人づてに聞いた噂ではあるが、彼女と同じクラスだった男子の証言もあるからほぼ間違いはないだろう。
彼女が通っていた氷月南中は、この高校からさほど距離が離れていない。偏差値的にもそこそこということもあって、氷月南中出身の生徒はそれなりの数に上っていた。ゆえに、最初も噂通りの怖い不良少女ではないかと、多くの者達が貴美華を遠巻きにしていたのだが――。
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