深海への階段

4/19
133人が本棚に入れています
本棚に追加
/126ページ
あの日の夜。 花田さんは私の手を握って確かにこう言った。 「どれだけ待ったと思ってるの? 優香ちゃんが弱るの」 そして、もう片方の手で眼鏡を外し、またうろたえる私の目を捉えた。 そのままゆっくり近づいてくる花田さんの端正な顔。 一気に酔いが覚めた。 「やっ…」 花田さんの肩をグッと引き離し、思わず顔をうつむける。 しばらくして、頭の上で花田さんのクスッと笑う声が聞こえた。 慌てて顔を上げる。 「花田さん… からかわないでください! こんな時に!」 顔面沸騰してるんじゃないかな。 お酒を飲んでいるせいもあるのか、火が出ているかのように顔が熱い。 「ごめん。 でもからかってるつもりはないんだ。 不謹慎だけど、優香ちゃんが可愛くて」 花田さんはそう言うと、真っ赤になっているであろう私の頬に優しく触れてから、胸下まで伸ばした栗色の髪の毛先に触れた。 まるで愛しい宝物を触るように。 「優香ちゃん… 俺、正直ずっとずっとこの時を待ってたんだよ。 伊藤くんが初めて優香ちゃんを連れてきたあの日から」 嘘… そんなわけない。 だって… 花田さんはいつだって冷静で、落ち着いて、そんなそぶり1つだって見せなかった。
/126ページ

最初のコメントを投稿しよう!