憎悪論

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※ ※ ※ 「パンツのままビールとか飲んじゃうし、お腹だって出てきて。本当にだらしない。」 「うちのも同じようなものよ。すね毛は変わらず濃いくせに、髪の毛だけは薄くなってきてて。嫌になっちゃう。」 私はアイスティーをかき混ぜながら、ママ友たちの話を聞く。息子と同様に、私にも友達が出来たという訳だ。PTAの会合の後は、決まって学校近くのファミレスに寄って、こうしてそれぞれの夫の悪口を言い合った。 しかし今となってはそれも他愛もないものだと分かる。嫌よ嫌よも好きのうち、ということだろう。結局、夫の悪い部分をやり玉に挙げるのは、少なくとも全体的には夫のことを好きだからなのだ。本当に嫌いな相手なら、どこが嫌いだとかそんなことはなくて、理屈なしに全部が嫌いなるものだ。その証拠に、夫の悪口を言い合う時の彼女たちはこの上なく楽しそうである。 「でも広瀬さんのところの旦那さんは、いつも素敵で羨ましいよ。」 ママ友の1人が言った。広瀬さんの夫は、元プロテニス選手で、引退した今も逞しい身体は健在である。最近は近所で子供たちにテニスを教えていて、少なくない数の母親たちは広瀬さんの夫を眺める為に子供を彼のテニススクールに通わせていた。 「そんなことないわ。家の中ではね。」 広瀬さんは静かに言った。だけど広瀬さんは決して夫の悪口を言わなかったし、やっぱり他の奥様方とは違うのだろうと思わせる雰囲気があった。 「ねぇねぇ、木村さんは、どうなの?」 誰かが私に話を振った。私は思わずストローに息が漏れて、アイスティーに泡を吹かせる。 「私も皆さんと同じようなものですよ。」 私は言った。 「同じ?どんなところが?」 突っ込んで聞かれると、私は答えに困ってしまう。決して同じではない。私は旦那のことが心の底から嫌いなのだ。 「あんまり木村さんを苛めないであげて。木村さんのところは、とっても夫婦円満なんだから。」 広瀬さんが言った。私は広瀬さんの助け舟に乗って、曖昧に笑う。 「だからそんなことはないですけどね。」 私はアイスティーを一息に飲み干して、ドリンクバーに逃げる。空いたグラスに氷を入れて、注ぎ口に置く。 しかし正直に言って、広瀬さんが助けてくれるとは思わなかった。広瀬さん夫婦は完璧に見えたし、だから彼女はファミレスの会では黙っていることが多かった。きっと広瀬さんはどんな場であれ他人の悪口を言ったりすることを良しとしない人なのだろう。特に無理にでも悪口を言わなければならないような場合には。
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