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「そんなことはないわ。二重思考は、多かれ少なかれ、人間に備わっている思考方法の1つなのよ。学校で教えたり、ましてや拷問なんて必要とせずに、自然に身についているのだから。例えば、創世記を信じながら同時にダーウィンの生物進化を信じることや、不倫を厳しく批判しながら一方で強く不倫に憧れていることみたいに。」
広瀬さんは滔々と語る。そこには何の疑念ないようだ。疑念を持たないことが二重思考の特徴でもあるということだろう。しかし広瀬さんの言っていることは、決して完全に間違っている訳ではないだろう。
「私の夫は浮気をしているみたいなの。でも、私が夫のことを嫌いなのは決してその為ではないわ。好き嫌いに理由なんてきっとないんだわ。」
広瀬さんは告白する。彼女の夫は女性には人気があるようだから、浮気をしていても不思議ではない。驚くべきは、広瀬さんがそれを知っていながら知らないふりをして夫と接することが出来るということだ。
私は到底出来そうにないけれど、もし二重思考が私にも可能だとしたら、私は旦那との平穏な生活を保つことが出来るだろうか。
「木村さんなら、出来ると思いますよ。困ったことがあったらいつでも聞いて下さいね。」
別れ際、広瀬さんはそう言ってフレアのスカートを優雅に揺らした。
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