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しばらく揃ってだんまりしていたのだけど、やがてオーブンから軽やかな音が鳴った。少し中を蒸らした後、二人してオーブンの扉を見つめながら蓋を開ける。
遠藤や堀内はもう帰ったんだろうか。傾きかけた西日が差し込む窓の外は、人の気配はない。
焼きたてぷるんぷるんのスフレを切り分けると、かっちゃんは自分が切ったくせに、俺の方が大きいと文句を言い、でも今日は譲ってやると、偉そうに言った。すっかりいつもの調子に戻ったようだ。
二人して窓際の机に陣取って、隣で美味しそうにケーキを頬張るかっちゃんを見ながら、ぼんやりと頬杖をつく。
よくわからんけど、これで仲直りしたってことなんかね。
さんざん振り回された気がすごくするけど。振り回されるのはいつものこととはいえ、非常に腑に落ちない。
幼馴染の関係って、他のやつらもこんなもんなんだろうか。かっちゃん本人が破天荒過ぎて、人類という枠から離れている気がするから、よくわからない。
でもまぁ、まだまだ十数年しか生きてないヒヨッコな俺だけど、人と人との関係なんて型にはまったもんじゃない気がするから、気にしないでいいのかな。
俺は俺、いや、俺たちは俺たちで、これからの関係を作っていけばいいんじゃないか。なんて、そんなことを思う。ちょっと、かっこいいじゃん、俺。
「どうかしたのか?」
俺の視線に気づいたらしい。かっちゃんは、きょとんと目を丸くする。口もとについたケーキのかけらがとてもお間抜けだ。まさか心の中を覗かれてないよな。
ないとは思うけど念のため、話題をそらしておこうと、俺はケーキを指差して口を開いた。
「美味いか?」
「うん、サイコー!」
そりゃぁ、なにより。
「かっちゃん!」
呼ばれて俺は彼の方を見やる。
「愛してるよ!!」
久しぶりに聞く言葉と、飛びっきりの笑顔。
……まったく、こいつはほんとに変わんねぇよな。
俺はいつものようにツッコミを入れようか流そうかと思いを巡らせ、ふと思いついた考えに、にまりと笑みを浮かべた。
たまには俺だって、意趣返ししたっていいはずだ。そう、少しくらいはさ。
俺は目を細めると、ゆっくりと口を開いた。なるたけ優しそうな声を出す。
さぁ、気持ち悪がるがいい。
ぽつりと、
「俺も、愛してる」
さて、いい気味だとかっちゃんの顔を覗き込んだ俺は、目を見開いた。
口をぱっくり開けたかっちゃんの頬が、じわじわと赤く色づいてきたからだ。
彼は俺が見つめているのに気づくと、開いていた口を引き結び。
「えっ……?」
と、みるみる赤くなっていく両頬を押さえた。
「えっ、いや、その……」
待てなぜお前がそんなに照れる? なぜもじもじするんだよ。ほぼ毎日、自分から言ってた言葉じゃないか。
それっきり黙り込んだかっちゃんに、俺の方もいたたまれなくなってくる。
固まったままの幼馴染から視線をそらすと、俺はなんとなく窓の外に目を向けた。
熱くなってきた顔を見られないように。
窓の外からはひぐらしの声が聞こえてくる。梅雨はそろそろ開ける頃だろうか。今年の夏は暑くなりそうだと、俺は手のひらで顔を扇いだ。
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