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「やっ、やっぱり、まだスフレケーキは、ハードルが高いんじゃ、ないかな? って」
俺から見ても遠藤の言うことは正しいと思う。だが当の本人は全く納得していないようだ。ボウルごと、どんっと机を叩くと、彼に噛み付くように叫んだ。
「いいだろ別に。これかっちゃんの好物なんだよ。大体もうすぐひと月だぞ。ひ~と~月! ここら辺でど~んと上手くなる予感がすんだよ! どど~んとさぁ!!」
「え……、えぇぇ~っ?」
「るせぇぞ、遠藤! なんか文句あんのかよ」
「え、いや、そのぉ」
どうやら手順を教えてもらっているらしいのに、ずいぶんと偉そうな態度である。遠藤は大きな身体の割に気が弱いのか、身を縮めると言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと言葉を返す。
遠慮しながら話す遠藤では、口と感情が直結しているかっちゃんには、強く反論できないようだ。
その割には結構言いたいことを言ってるみたいだけど。
「なんでもお菓子作りの学校に行くのに、菓子ひとつ作ったことがないのはさすがにまずいんじゃないかと思ったらしく、先日からああしてこっそり練習してるんですよ」
堀内の言葉に目を上げる。こっそり?
俺の疑問符いっぱいの顔を見て、くすりと笑みをこぼす堀内を睨め付けると、彼は人差し指でくるくると宙に円を描いた。
「こういうのなんて言うんでしたっけ? 馬鹿の一念岩をも砕く?」
もしかして、『コケの一念岩をも通す』だろうか。まぁ、あいつにはそっちのがふさわしそうだけど。
「アレが製菓学校に行けると思います?」
無理だな。きっぱりと俺が断言しよう。
なぜだかわからないのだが、割となんでも器用にこなすかっちゃんは、昔からキッチンとの相性だけは悪い。
彼にできるのは皿を並べるくらいで、それすらたまに落として割ったりする。
というか、あいつ八百屋の息子だろ。跡を継ぐかどうかはともかく、長男だぞ。製菓の学校なんて親が納得するはずないっての。
息子をそのまま大きくしたような、破天荒なかっちゃんの父親を思い浮かべる。確実に血の雨が降るな、これは。平和な商店街に、巻き起こるハルマゲドンの嵐。あいつそこまでわかってんのか。まぁ、わかってないよな。そこまでかっちゃんはおりこうさんではない。これも俺が保証する。それでも、
急に思い立った製菓学校への進路。
あ~、もう本当に。
怒るべきだろうか、呆れるべきだろうか。
他にも相変わらず馬鹿だとか、お前にゃ無理だろうとか、こいつなにも考えてないよなとか。色々思うことはあるのだけど、自然に口元が緩んでしまう。
へへっ、俺の好物とかって、ほんと馬鹿だよな。――って、おっといけねぇ。
こほんと咳払いをして唇を引きむすんだ俺は、教室の扉に手をかけた。
「出来れば高校も同じとこに行きたいんですよね」
独り言だろうか。足を止める。俺の次の行動がわかっているのか、横目で視線を向ける俺に、「彼暇つぶしに最適なんです」と、目を細める堀内は、ひらひらと手を振ってくる。どうやら中まで入る気はないらしい。
彼の手に乗るのはシャクだが、せめてもの意趣返しに歯を見せて笑ってやる。きっと爽やかにはほど遠い、凶悪な顔だろう。ふん、せいぜい怯えるがいいさ。
だが堀内はきょとんと目を瞬かせると、楽しそうに笑った。その表情はさながら地上に降りた天使、とでも言えばいいだろうか。やはりこいつとは気が合いそうにない。俺は改めてそう思った。けっ。
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