かっちゃんと俺の事情

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かっちゃんと俺の事情

 教室に入ると、二人とも飛び上がって驚いていた。遠藤は俺を見て取ると、「田原く~ん!!」と、嬉しげに抱きついてくる。よく見りゃ俺のクラスのやつじゃないか。えぇい、暑っ苦しい。 「あ~!!」  かっちゃんは人を指差すな。 「オレだって、最近抱きついてないのにっ!」  いや、ツッコミ入れるのはそこじゃないだろ。ちょっ、生地のついた手で俺の制服を触るな。 「おい、貸せ」  俺はかっちゃんの手からボウルをひったくると、中の生地を手際よく混ぜ始める。 「オーブンのスイッチ入れてくれ」  指示を出しながら遠藤に目配せすると、彼は満面の笑みでぴょこんっと頭を下げて、カバンを取り上げると脱兎のごとく教室から出て行った。まぁ、今日は土曜日だしな。馬鹿につきあわせてすまん。  お菓子作りの先生が出て行ったのに気づいてるのかどうなのか、かっちゃんはオーブンまでダッシュすると、慎重な手つきで温度調節してスイッチを入れた。  その間すっかり溶けたバターやクリームチーズにため息をつきつつ、材料を混ぜ合わせる。これ、柔らかくなってるだけで傷んでないよな? どうせ食べるのはかっちゃんだからいいんだけど。  内側が溶かしバターでまだらになった型に流し込む。これも上手く塗れてるんだろうか。気にしない気にしない。  水を張ったパッドの上に置くと、余熱を帯びて熱くなったオーブンに入れる。メモリを合わせてスイッチオン。  これで待つだけだと、ひと息ついた俺は、さっきからもじもじくねくねと、悶えているかっちゃんの方を見た。 「あ、あ~、あ~」  発声練習だろうか。薄気味悪いやつだな。そんな俺の感想をよそに胸の前で手を組んだかっちゃんは、こほんっと咳をした。 「えっと、実は進路のことだけどさ――」 「あぁ、そのことなんだけど。……あのさ、俺やっぱ、普通科行こうかと思ってる」  口を開きかけたかっちゃんを制して、先に俺がそう切り出すと、彼は目を丸くした。 「菓子作りを勉強するのは、高校や大学出てからでも出来るしな。フランス語とか他にも勉強することいっぱいあるし、人生長いし、少しくらい寄り道してもいいかなって」  自分の将来を誰かに向かって話す、なんて初めてだ。それも長年つきあってきた幼馴染。視線を落とすのは、なんとなく照れ臭いからで。  食い入るように見つめてくる眼差しを感じながら、俺は頭をかいた。 「でもかっちゃんが、製菓の学校にどうしても行きたいとかってなら、まぁ、別に、付き合ってやってもいいけど、な」  ぶんぶんっと、音が聞こえるくらいに首が振られ。目が回ったのか、くるりと円を描いたかっちゃんは、慌てて手を伸ばす俺の手に捕まった。 「おっ、オレも普通科がいいっ、から」  真っ赤な顔で、ゼイゼイと、息をつく。 「……おぅ」  当てられてしまったらしい。俺の顔も熱くなった。
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