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「ごめ、ごめん……、ちょっと待って、待っ……」
あの人は遠目にもわかるほど汗をかき、うろたえていた。ハンマーから手を放してしまっている。
呆気にとられていた元妻は、苛立たしげな表情を浮かべた。
「やっぱりちょっ、ちょっとこれは……すみません……さすがに……」
黒服のスタッフが慌てた様子で駆けつけ、説得し始めた。
わたしはそろそろと後ずさりした。
扉にそっと近づき、場外へ出ると、全速力で外を目指した。
梅雨明け前の湿った空気がどろりと身体を包み、たちまち汗が吹き出してくる。
浴衣は走りづらく、下駄の音はやけに響くけれど、わたしは何も考えずに走り続けた。
【完】
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