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「まゆ子は良き妻でありました。諸々の事情があり、別々のレールの上で幸せになる、ただそれだけのことです。今まで本当にありがとうございました」
たどたどしく読み上げた便箋を畳み、あの人は妻に向かって深々と頭を下げた。
今日いちばんの拍手が起きた。
続いて、元妻がスタンドマイクの前に進み出た。便箋は手にしていない。
「忠義様。私はあなたが嫌いです」
場内の空気がぱりっと固まる音が聞こえた気がした。
「『嫌い』の意味? そんなものはどうだっていいです。嫌いなものは嫌いです。共働きなのに、自分だけ家事をしない。旅行に行ってもスマホばかり見て、映画館では爆睡していました。申し訳ないですが、美化できるほどの思い出もありません」
凛と顎を上げて、元妻は歯切れよく喋り続ける。
あの人は微妙な表情のまま硬直していた。
さっき泣いていた初老女性も呆然としている。
湿っぽい旋律を垂れ流すBGMがひどく滑稽に感じられた。
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