【だいたい実録】ヘッドスパ小説【癒し】

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【だいたい実録】ヘッドスパ小説【癒し】

【極上を求めるあなたへ】  サロンの入り口横に掲げられた美しい手書きの看板を横目に、14時からの60分のヘッドスパの予約に向けていそいそと店内に入った。  この暑い中での一週間の勤労で、頭の先からつま先までだるさに支配されている。すぐにでもこの重い鎧を脱ぎ去りたい。  足を一歩踏み入れた。煮えた体がぶわぁっと冷房に晒され、やっと一息つく。  「予約の・・・・・・です」  「・・・・・・様ですね。お待ちしておりました。」  黒いシャツで制服を統一したスタッフさんの柔らかい笑顔に迎えられて受付を済ませ、すぐにブースに案内される。落ち着いた色合いの部屋に、静かなピアノのBGMがどこからか聞こえてきた。    担当スパニストさんの自己紹介の後、すぐに小型カメラで頭皮チェックだ。小さな機械が私の髪に潜り込み、目の前のパソコンに今の私の頭皮と髪の状態が映される。  「急いでいらしてくださったので少し汗をかかれていますね。また洗い残したシャンプーなどが頭皮に付着して毛穴のつまりとなっております。これですと血行を良くし残留物を除去するためのコースがオススメですね」  スパニストのお姉さんの説明。部屋の雰囲気に合わせたそっとささやくような声が疲れた心に染み入る。  「では、それを」  「かしこまりました。最近はお疲れですか?」  「はい。忙しくて・・・・・・。頭が重いですね」  「かしこまりました。しっかりとほぐさせていただきますね」    途中で使うオーガニックなアロマオイルを数種類の中から選ばせてくれる。オレンジ、レモン、ローズ、ラベンダー、ユーカリ、ブーケ、イランイラン・・・・・・。体の不調の原因に合わせて深いリラックスの効果のあるラベンダーを選んだ。  遠くのほうから、ピアノの演奏に混じって鳥たちのさえずりが小さく聞こえてくる。意識して何も考えずに頭をぼぅっとさせる。    高級感溢れる黒い革製のフルリクライニングするシャンプー台に腰かけると、膝にふわふわのブランケットがかけられる。そっとブースの照明を落とされると、ブースの静謐な空気が際立った。まずは頭から首肩の軽いマッサージだ。肩にタオルを置かれる。全身の神経が集中している頭部に、指がそっと触れる。そのまま心地よい圧をグイグイとかけてくれる。頭も知らぬ間に凝っているものだ。目を瞑って深い呼吸をした。自分が静かにこの部屋の優しい闇に溶けていくイメージを浮かべる。グイ、グイッと首・肩と順番に。それが終わると再び首から肩へ。何度か圧をかけられたら、やがてタオルを頭にターバンのようにぐるりと巻かれる。手際が良いものだ。  背後から「椅子を倒しますね」とささやかれ、吐息に乗せるくらいの声で「はぁい」と小さく返しながらも、これから待ち受ける快感に心がそわそわしてしまう。  背もたれがキューと後ろに倒れ、椅子の上に完全に体をうずめた。すぐに腰までかかっていたタオルケットをかけなおしに来てくれた。暑い季節にぴったりのさらりとした気持ちのいいさわり心地のタオルだ。  お姉さんの  「では、お湯を流していきますねー」  の声。いよいよだ。胸が静かに高鳴る。  キュッキュッ、という金属をひねる音が頭上から聞こえてきた。ややあって、  シャー・・・・・・  とノズルからお湯があふれ出す音が追いかけてきた。お姉さんが手で湯加減を確認する気配がしてまもなく、後頭部をじわっとした温かみが纏い、すぐに頭が熱くて心地いい重みに包まれる。  ジュワー・・・・・・  タオルの後ろにお湯がたっぷりと沁み込むと、やがてじゅわじゅわと耳の側までお湯が満ちてくる。両こめかみの方にもノズルが向けられ頭全体がタオル越しにお湯をたっぷりと纏い、優しく温かく頭皮がほぐされていく・・・・・・。  この一週間で蓄えた疲労が頭皮を通してタオルの方に流れて溶けていくようだ。まるで温水のプールにぷかんと浮かんでいるよう・・・・・・。  ぽけーっとしてきた。体全体で  ほう・・・・・・  と力が抜けていく。  やがて顔のほうにも蒸気がやって来て、首から上だけを直接蒸されているような状態になった。顔中保湿。その辺で、すっとお湯が止まった。  私の頭皮にたっぷりと水分をもたらしてくれたタオルが取り外される。たった2,3分のことだったろうに、かなり頭のハリやコリが緩和された気がする。もうすでに両目を開けることがかなり困難になっていた。  そして髪を軽くしぼったところで、  キャポ・・・・・・  という小さなものからこれまた小さなフタを外す音が聞こえた。やがて私の髪の分け目に沿って、前から後ろへチュッ、チュッ、とスポイトのようなもので液体が塗布されていく。やや冷えた感触で一瞬おっ?と思うがすぐにふわあっ・・・…とラベンダーの香りに包まれる。あ、そうだ。これがさっき自分で選ばせてもらったアロマオイルか。そう思って嗅覚をもゆったりとその手に任せる。  3センチ間隔くらいで後頭部までオイルが付けられていく。その次はつむじのやや右側にトントントン、と。次に左側にも同じようにトン、トン、トン・・・・・・。これがまた指では賄えない頭の細かいツボを押してくれているようだ。先ほどのタオルバスで巡りがよくなった頭皮から、直接精油の成分が体内へ染みてくる。そして心にまでもぽたん、ぽたんと精油が染み渡っていくようだ。ふわあ・・・・・・。何とも・・・・・・。  塗布が終わると両手で私の頭を掴み、頭のてっぺんを両手の親指がググウッッと押さえてくれる・・・・・・。めり込ませるといってもいいくらいの圧で思わず上あごが下あごに食い込むが、今の私には心地いい。今週の疲れよ、吹き飛べーと心の中で念じる。力の加減どうですかーという問いかけに、今のくらいで大丈夫です、と返した。  グリグリと圧をかけた後、グッ・・・・・・、グッ・・・・・・、っと三箇所ほど髪の分け目に沿って深く押される。  グッ・・・・・・、グッ・・・・・・。おでこの生え際から耳に向かって両側から押さえつつ降りてくる。お姉さんの親指が、私の両こめかみをグイ~ッと捉えた。まさに頭をどんよりとさせていた原因になるツボだった。  ああ~・・・・・・こ、これは~・・・・・・。  と声を出すわけにはいかないので心の中で存分に悶える。そこを他の部分よりもやや長めにグーッ・・・・・・、グッと二度、三度押してくれる。  グッ・・・・・・、グッ・・・・・・、グッ・・・・・・。  血中温度が上がっていくのを感じる。一揉みごとに意識がそちら側に持っていかれ、眠気が顔全体に降りてくる。・・・・・・いかんいかん、せっかくお金払ってるんだ。この手腕を堪能しておかねば、という根性が私の脳を揺り動かす。  何度か頭の上半分を指で持ち上げるような形で強めにぐぐーっとツボを押す。かと思えば、今度は両側から細かく摘み上げるようにキュッ、キュッ、キュッと早いテンポで刺激をする。そして、・・・・・・耳と首の付け根を結ぶ筋肉の真ん中をぎゅうぅっと押さえ込んだ。それはそのまま私の鼻よりもやや上部、目の裏側の深く入り込んだところの疲れに作用する。どうしても意識がふわっと上昇する・・・・・・。  お姉さんは指全てで私の頭部を押してくれていた。円を描くように、髪の生え際からこめかみへ。耳の上から耳たぶの後ろへ。即頭部から首のつけ根へ。後頭部からまたも首の付け根へ。グル、グル、と回転を加えて押さえてくれる。  もうすっかり虜になっていると、不意打ちにたっぷりの泡が私の頭になすりつけられた。マッサージシャンプーの行程である。今度はこれまでの圧ほどは強くされないで、指の腹でくまなく撫でるような動きだ。指の動きを頭の中で追い、マッサージされている様子を想像していた。普段手の届かない芯のところまで届けられる優しい指圧に集中し、やがて完全に気を奪われ、頭皮がほぐされ・・・・・・  ハッと意識が戻った時には首の下にあつあつのホットタオルが挟まれ、髪がたっぷりのお湯で濯がれていた。何が起きたか分からずに記憶を手繰り寄せていると、濯ぎ終わった髪を軽くタオルでポン、ポン、とふき取られる。再びキャポ、という音がした。少量の液体が髪先に付けられる。トリートメントだ。  完全に眠ってしまっていて施術の全てをしっかりと味わうことができなかった。ああ、なんてことだ。  落胆している私をよそに、また髪は濯がれ、先ほどよりしっかりとタオルドライされる。 「起こしますねー」  お姉さんはアフターマッサージの行程に入っていた。今度は両手を私の首元に当て、手のひら全体をぐりぐりさせた面積の広い指圧だ。ほぐれた頭部にじんわりとドゥン・・・・・・という波紋が広がっていく。最後にもう一度頭をポンポンッと弾くようにマッサージしてもらい、終了である。  「はい、しっかり毛穴の汚れが落ちております。頭皮もぷるんとしていますね」  カメラで頭皮の状態を確かめ、ドライヤーをかけてから冷たいお茶をいただき、その場で次回の予約を入れてもらって、外に出る。  よければこちらを、とサロンが発行している美容と健康に関するマンスリーペーパーを手渡された。(今回は髪の紫外線対策についてだった) また来月もお待ちしております、とにこやかに見送られまたむわっと暑いサロンの外の空気に包まれる。  せっかくだから足のむくみも取り除いて全身すっきりしていきたいなとてくてく歩きながら考える。真夏の照りつける日差しを受けながら、馴染みの足つぼサロンに歩を進めた。
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