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2040年、秋。
日本の少子化は、日本という国家を存続させるのも難しい段階にまで進んでいた。
ただ、政府も、その状況を、手をこまねいて見ていたわけではない。
各国から美人やイケメンを集めて行われた国を挙げての合コンオリンピック。
結婚をすれば、その時点で国民栄誉賞授与。
子ども1人に付き、毎月10万円の生活手当の支給。
そんな荒唐無稽ともいえる政策も、ごく1部の人間には大歓迎されたものの、多くの若者は、低賃金からくる将来の不安や、結婚という責任の負担に対する恐怖、自由でありたいと願う思考から、ほとんど効果もなく、自然消滅してしまっていた。
しかし、事態は、もう後戻りも出来ないまでになっていたのである。
このままでは、日本の国土に、人間がいなくなってしまう。
それは、日本の消滅を意味していた。
そんな時、政府は、ある画期的とも言える政策を打ち出したのだ。
しかも、それは若い世代の国民全員に強制されるもので、もし、従わない場合は、国家反逆罪で、即、投獄もあり得るという、にわかには信じられないものだったのだ。
そんな2040年の秋。
大阪の御堂筋を、パトカーがサイレンを、けたたましく鳴らしながら、こちらに向かってくる。
そして、1人の20代のサラリーマンを、上着を捻り上げるようにして、3人の警察官が捕まえた。
倒れたサラリーマンの頬に、銀杏の落ち葉が貼り付いている。
しばらく、警察官とサラリーマンのやり取りがあって、パトカーに乗せられて、走り去って行った。
御堂筋に面したガラス張りのカフェにいた、怜子と茉莉子は、サラリーマンの逮捕を見た後、お互いの顔を見ることも無く、頭に、ちょこんと乗っけいていたプラスチック製のベルトを、まゆ毛の上まで、目深にかぶり直す。
「ねえ、今の見たでしょ。」
「うん、本当に逮捕されちゃうんだ。」
「ねえ、日本って、自由のある国だったよね。こんなの強制されるなんて、今の日本の政治、狂っているよね。」
「でも、とりあえず、これ着けてないと、自由に生活できないから、外せないよね。」
怜子と茉莉子が着けている額のベルトこそが、今回の政策で、20歳から40歳の男女に課せられた義務なのである。
このベルトは、頭に装着するもので、その内側には、センサーが付いていて、人間の脳波を検出できる仕組みになっている。
そして、その脳波を、最新のAIが瞬時に分析をして、ベルトを装着している人間の考えていることを導き出してくれるのだ。
そして、その導き出された考えに、目の前にいる異性が、好きだと言う感情とか、或いは、淫らな感情を発見したなら、ベルトの中央に着いたランプが、赤く点灯するのだ。
これを1日24時間、ずっと装着しているものだから、これは大変だ。
街を歩いていて、もし、綺麗な女性が歩いていて、彼女を見た瞬間、「可愛いな。」とか考えてしまうと、額のランプが赤く点灯する。
極めて恥ずかしい思いのする装置なのだ。
しかも、問題なのは、男女がお互いに目を合わせて、両方の額のランプが赤く光った時である。
男女のランプが、両方とも赤く光ったと言う事は、AIは、これを相思相愛だと判断するのである。
そうすると、ランプが赤く光ると同時に、二人のランプが、「ピーコ、ピーコ。」と音を発するのだ。
そうなると、ここでゲームオーバーである。
強制的に、二人は結婚させられてしまうのである。
いや、たとえランプが赤く光っても、お互いに分かれて、走り去ってしまえば、分からないじゃないと思うかもしれない。
甘い考えだ。
額のベルトの装着が決まった時に、街中に監視員が配置されたのである。
20歳から40歳の、ベルトを装着しなければいけない当事者以外の人なら、誰でも応募すれば、ボランティアとして、監視員になれるのである。
噂では、国民の50パーセントの人が、監視員に登録しているという。
そして、街に出て、額のランプが赤く光る瞬間を探しているのである。
彼らが、もしランプが光るのを見つけて、警察に連絡をしたら、もう結婚するか、或いは、逮捕されるかしか、選択肢はないのである。
怜子と茉莉子は、お昼休みを終えて、職場に戻った。
帰り道の話は、もちろん、さっきの逮捕されたサラリーマンの話だ。
女性は、額のランプが赤く光った瞬間、猛ダッシュで、その場を立ち去ったのだけれど、サラリーマンは、まさか本当に逮捕されるなんて、思ってもなかったのだろう、その場に立ちすくんでいたという。
そこを、ボランティアに見つかって、警察に逮捕されたらしい。
一瞬の判断ミスが、逮捕に至ってしまった。
怜子と茉莉子が、職場に戻って、デスクに座る。
すると、茉莉子が言った。
「ちょっと、怜子。あの石田係長さ。さっき怜子のこと見て、額のランプが、一瞬赤く光ったよ。」
「えーっ、ウソ。」
「ホントだよ。今、見たもん。」
怜子と茉莉子が、ひそひそと話をしていると、石田係長が、怜子と茉莉子の方を見た。
ランプは、光っていない。
「なーんだ。ランプ光ってなかったね。」
と、怜子は、少しガッカリしたような顔になって、茉莉子に言った。
「いや、絶対に、さっきは、怜子の事見て、ランプ光らせてたよ。」
すると、向かいのデスクの梨花が、小さな声で言った。
「あのさあ。石田係長さ、怜子の胸を見た時に、ランプ赤く光らせてたよ。」
「まさか。」怜子は、半信半疑で梨花の話を聞いていた。
すると、冗談ぽく、梨花が言った。
「じゃさ、今度、係長が怜子を見たら、ちょっと前かがみになって、胸の谷間を見せてみたら。」
「それ、面白い。」と茉莉子も乗っかる。
怜子も、その場のノリで、「じゃ、次のタイミングでね。」
すると、係長が怜子を見たので、すぐさま、胸の谷間を見せてみる。
石田係長のランプが、ポッと赤く光った。
それを見た、茉莉子と梨花は、笑いをこらえるのに必死だ。
「ちょっと待って、係長は、あたしのことが好きで、ポッと赤く光らせたんじゃなくて、ひょっとして、あたしの事、エッチな目で見て、ポッと光らせたということなの。」
「意外と、スケベ係長なのかもしれないよね。」梨花が言う。
それからは、何度も石田係長は、怜子の胸を見ては、額のランプを、ポッ、ポ、ポッポと、光らせている。
事務所の皆も、それに気が付いて、部屋に静かな笑い声が漏れる。
その事に気が付いていないのは、係長だけだ。
自分の額のランプは、本人には、見えないからね。
滑稽だ。
あまりにも、滑稽すぎる。
そして、悲しい。
「君、このメモリに、売り上げの数字を入力しておいてくれ。」
係長が、怜子の横に来て、仕事の指示を出している。
椅子に座っている怜子に、立ったまま下を見下ろして指示を出している係長の額のランプが、激しく赤く点滅している。
ポッポ、ポッポ、ポッポ、ポッポ、、、。
赤く点灯するのじゃなくて、点滅しているから余計に滑稽で、悲しい。
本人は、そんなことになっているとも知らずに、真剣に指示を出している。
部屋全体の女性が、下を向いて、涙を流さんばかりに、声を出さずに笑っていた。
しかし、恥ずかしい装置だよね。
そう怜子は、思いながら、自分の額のランプが、ひょっとして光ってやしないかと、すごく不安になってきた。
「ねえ、茉莉子。もし、もしもだよ。あたしのランプが光った時は、絶対に教えてよ。でなきゃ、恥ずかしすぎるでしょ。」
「それ、あたしも思ってた。絶対に教える。その代わり、あたしのランプが光った時も教えてよ。お互いに、そんな時は、教え合おうね。」
「でなきゃ、生きていけないよね。」
「それにしても、係長、ちょっと可哀想だよね。」
怜子は、係長が、自分の事を見て、赤く光らせてくれたことが、少しばかり嬉しくもあった。
ただ、微妙なのは、自分の顔を見て光らせたんじゃなくて、胸を見て光らせたことだ。
でも、嫌いじゃないことは解ったので、何となく係長が、好きになった。
もちろん、ランプを光らせるような好きじゃなくて、嫌いじゃないという好きである。
そんなことが繰り広げられていた日の夜の事だ。
エリート街道まっしぐらの女性社員の中村部長の家では、娘が、今日大学であった額のランプの事を話していた。
「今日さ、ゼミでさ、警察が来る事件があったのよ。」
「事件て、どんな。」
「この額のベルトよ。今日ね、ミーティングをしてたんだけど、その内の、4人のランプが、同時に赤く光ったのよ。そしたら、用務員のボランティアさんに見つかって、警察に通報されたのよ。」
「えーっ、それで、どうなったの。」
「これが、もう、ややこしいの。4人はね、内緒で付き合ってたみたいなの。4人の内、賢司と沙織が付き合ってて、それで、匠と雅子が、どうも最近付き合い始めたって、みんな思ってたのね。」
「賢司って、あの韓流スターみたいな、シュッとしたイケメンやね。あのこは、モテるわよね。」と、中村部長は、急に話が気になって聞いてきた。
「そうそう。それで、警察が来らね。みんな、賢司と沙織、匠と雅子が、結婚させられると思ってたのね。でも、違ったの。」
「違ったって。」と中村部長は、身を前に乗り出した。
「実はね、賢司は、雅子に、ポッとなってたの。それで、雅子は、匠にポッとなってて、匠は、沙織にポッとなってて、沙織は、賢司にポッみたいなのよ。ややこしいでしょ。それだから、もう、それが判った時、何か気まずくて、話しかけれなかったよ。」
「ふうん。それは、気まずいね。それで、結婚とか逮捕とかされなかったの。」
「そう、相思相愛じゃないし、そのまま警察も帰っていったの。今から思えば、ピーコ、ピーコって鳴るはずのアラームもならなかったからね。」
「そうだよね。相思相愛じゃないもんね。」
「でも、帰りに警察官が、雅子の事をみて、額のランプがポッと赤くなったのよ。あの警察官、馬鹿だわ。ホント。」と、思い出して、笑い出した。
そんなことで、街中が、額のベルトを、如何にして光らせないかという話題で、持ちきりだった。
それは、そうだろう。
ちょっと可愛い女性を見るたびに、ポッ、ポッと光らせていたのでは、日常生活も窮屈だ。
浩二は、仕事帰りに、同僚の桂子に誘われて、会社の近くの居酒屋に来ていた。
浩二と桂子は、入社以来の親友で、仕事が行き詰ったり、悩みごとがある度に、こうして居酒屋で、気分転換に飲みに行く仲である。
今日も、仕事のミスを、自分のせいにされた桂子が、浩二に愚痴を言うために、誘ったのだった。
しかし、この居酒屋という場所は、最近では、非常に危険な場所になっていた。
居酒屋は、楽しい。
ある意味、健全な場所だ。
しかし、お酒を飲むと、これはイケナイのである。
お酒が体内に入ると、誰でもが、気が緩んでしまう。
すると、相手を、ちょっとばかり、好きに思えてくるのである。
それは、純粋に好きだという感情も増してくるし、また、さらに多少卑猥な感情も、これは大いに増してくるのである。
なので、浩二も、桂子も、気を付けていたはずだったのだ。
飲んでいる最中も、居酒屋の奥のテーブル席の男女のアラームが、ピーコ、ピーコ、と鳴っていた。
見ると、額のランプがお互いに光っている。
20歳ぐらいの男性と、40歳近い女性のカップルだ。
浩二は、妙に納得をした。
20歳も離れた年上の女性も、50年後の将来を考えなければ、快楽の海に身を投げ出しても良いと、男は思えるのだろう。
年上の女は、いいものだ。
そう浩二は思いながら、カップルを見ていた。
やがて、2人は、その場で、ボランティアから催促をされて、婚姻届けにサインをさせられていたので、結婚を選んだようだ。
それなら、まあメデタシというところか。
そんなことを、桂子の話を聞きながら、思っていた。
桂子は、浩二に、口をとがらせながら、愚痴を話している。
浩二は、その唇を、間近で見ていた。
距離というものは、不思議だ。
これが、1メートル離れて、その愚痴を聞いていたなら、浩二のこころは、1ミリも動かされなかっただろう。
でも、僅か、数十センチの距離で、しかも、その突き出した唇を見ていると、これは、少しばかり淫靡な感情を抱いたとしても、お酒が入っているなら、或いは、当然な男性としての思考回路なのではないだろうか。
そんな瞬間、はっと気が付いたら、浩二の額のランプが光っていた。
その赤いランプをみた桂子は、その浩二のランプに反応して、桂子自身のランプを赤く光らせてしまったのだ。
桂子は、本当に友人としての感情しか持っていないと、自分自身でも思いこんでいたのだが、実は、浩二の事を、憎からず思っていたのだった。
その押さえていた、自分でも気づかない好きという気持ちが、浩二のランプの光るのを見て、一気にこみあげてきたようなのである。
居酒屋に響き渡るアラームの音。
「あっ、ごめん。俺、ランプ光らせちゃったかな。」
「うん、そうみたいだけど、あたしも光らせちゃった。何か、恥ずかしい。」
「そうだよね。あ、何て言うかな、桂子を見てたらさ、ほんと、そんな気持ち無いんだけれど、何か、興奮しちゃって。お酒飲み過ぎたのかな。」
「あたしも、浩二の事、ちょっと好きだったのかな。油断しちゃった。」
「えっ、俺の事、好きだったの。それホントなの。」
「うん。えっ?浩二は、あたしのこと、、。そうだよね、浩二は、あたしの事なんて、何も思ってないもんね。あ、じゃ、あたしの事見て、エッチな事考えてたんだ。だから光ったんだ。」
「それは、そうかもだけど。」
「さっき、あたしが浩二の事、好きだったのかなって言ったのは、赤く光ったから、自分でも気が付いてなかったけど、こころの底では、そうだったのかなと想像しただけだよ。実際は、ホント、あたしも、浩二の事、異性として見たことないしさ。」
桂子は、急に恥ずかしくなって、ランプの光ったことを、自分の意思じゃないことだという風に強調した。
そんな会話も終わらない間に、居酒屋にいたボランティアが、駆け寄って来た。
さっきの、婚姻届けを書かせていたボランティアの初老の男性だ。
「君たち。君たちは、相思相愛ということで、それで良いね。じゃ、婚姻届けを用意するから、すぐにサインして。」
ボランティアは、有無を言わさずと言う感じで、迫って来た。
戸惑っている浩二と桂子を見て、ボランティアは続る。
「ひょっとして、違うと言いたいのかね。それなら、警察に連絡するよ。そしたら、すぐに刑務所行きだ。」
浩二は、ボランティアに、懇願するように説明を始める。
「いや、ちょっと待ってください。僕たちは、そんな関係じゃないんです。ただ、本当に信頼できる友人なんです。」
ボランティアは、薄ら笑いを浮かべながら、「あのねえ。友人かどうかは知らないよ。でも、君たちのランプは、赤ーく光ってるよね。ほら、2人とも、赤ーく光ってる。これって、2人は、お互いに好きって事なんだよ。最新のAIが判断したんだからね、いくら抵抗しても無駄だよ。裁判を起こしても、絶対に負けるね。」
「いや、僕の感情は、僕が1番知ってるんです。AIか何か知りませんが、そんな訳の分からないプログラミングよりも、人間のこころは、人間が1番知っているんです。」
それを聞いて、ボランティアは、大きなため息をついて言う。
「あのね。私はね、国の将来のために、このボランティアをしているんだよ。詰まりは、少子化に歯止めをかけて、この日本という国が、国民がいなくなって消滅してしまわないようにという理念をもってやっているんだよ。詰まりは、日本のためだ。それは、詰まりは、日本国民のためということになる。君の様に、人間の感情がどうのこうのって、そんなレベルの話じゃないんだよ。君は、この日本がどうなっても良いと思っているのかね。」
「どうなっても良いなんて、思ってはいませんよ。でも、個人の自由も、同じぐらいに大切だと言いたいんだ。」
そんなやり取りをしていると、警察官が現れた。
「結婚しないなら、逮捕しますよ。」無理やりだ。
浩二は、何とか、この状況を脱しようと、真実を警察官に説明をした。
「あの、実は、僕には、婚約者がいるんです。もう、2年も同棲しているのですが、もうそろそろ、結婚しようと話しているぐらいの女性がいるんです。この法律は、男女が結婚することを目的にした法律なんでしょ。だったら、僕が、ここにいる桂子と結婚しないで、同棲している彼女と結婚しても、その目的は同じなんだから、それで良いですよね。僕は、付き合っている彼女と結婚します。だから、今の赤いランプは、見逃してください。」
そう必死に訴えた。
警官は、念のためにと、浩二の彼女に電話をして、確認をしている。
そして、電話を切って浩二に言った。
「確認が取れました。じゃ、婚姻届けを渡しておきますから、1週間以内に、その同棲している彼女と結婚してください。それで、逮捕はなしということにしてあげます。」
浩二は、ホッとした。
そして、店を出て、彼女の待つ家に急いだ。
居酒屋の前に残った桂子は、浩二の走る背中を見て涙が止まらなかった。
別に、浩二と、どうしても結婚したいとは思っていなかった。
でも、あそこまで、あたしに女としての感情を抱いてなかったということを主張するのは、聞いていて、どうにも寂しかったのである。
ちょっと好きな気持ちもあったのかなぐらいなことは、言ってくれても良かったんじゃない。
あたしって、魅力ないのかな。
額のランプを光らせてしまった恥ずかしさと、女として見て貰えなかったという寂しさが、桂子を最悪な気持ちにさせた。
居酒屋なんかに誘わなきゃ良かった。
そう思うと、また涙が流れた。
浩二は、家に急いだ。
ドアを開けるなり、彼女に言った。
「結婚しよう。」
そういう浩二を、彼女は見ている。
醒めた表情だ。
そして、言った。
「あなたのランプ、光ってないよ。」
浩二は、ハッとした。
いや、浩二は、彼女を愛している。
それは、間違いがない。
「いや、僕は、君を愛しているんだ。本当だ、信じてくれ。」
そう訴えたが、ランプは光らない。
気が付くと、彼女のランプも光っていない。
「あのさ、ひょっとしたら、遅すぎたのかもしれないよね。もう2年も同棲してるでしょ。だから、愛してるけど、異性へ抱く思いじゃなくなっちゃたんだよ。二人のランプも光らないのに、結婚するってどうなのかな。あたしのこと、あなたも女として見てくれてないよね。」と彼女が冷静に言う。
「それも、愛の形だよ。僕には、君が必要なんだ。」
「必要って言われても、あたし、ちょっと結婚は考えさせてくれない。やっぱり女として見てくれない人と結婚するのは、何か違うと思うのよ。あたしなんかより、桂子さんの方が、結婚に向いているかもしれないよ。ランプ光ったんでしょ。」
あまりにも醒めた説明に、僕は結婚の話を続けることは出来なくなった。
彼女は、同棲を解消して、家を出て行くことになった。
考えが変わって、また戻ってくるかもしれないけれど、或いは、そのまま帰ってこないこともあるという。
彼女は、さっぱりと僕から去って行った。
次の日、仕事場で桂子に会った。
気まずい雰囲気だろうと警戒しながら、声を掛けると、「おはよう。」と吹っ切れたような、元気な声がかえってきた。
気が付くと、桂子を見る僕のランプが赤く光っているようだ。
ひょっとして、AIは、本当の僕のこころを読み解いて、桂子を欲していると判断したのだろうか。
それなら、もう1度だけでも、そのことについて、桂子と話をしてみたい。
そう思って、桂子を見つめると、桂子は、僕のランプを見て笑った。
しかし、桂子のランプは、一瞬も光ることは無かった。
或いは、昨日だったら、或いは、桂子もランプを光らせたまま婚姻届けにサインをしたのだろうか。
彼女も家を出た。
桂子も僕への感情が消えてしまった。
AIが教えてくれた。
「誰からも、愛されていない。」
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