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第十一話
「一ついいか。アオ、お前はなぜ俺にそんなことを話す?俺でなくとも、もっと他に相談するべき奴はいただろう」
「変な人に会ったの……“戦争屋”って名乗る、仮面の男に。お前は馬鹿だ、って言われた。愚かだって……だから、私はこの環境に違和感を持つべきなんだって思っちゃった」
「戦争屋……聞いたことない名前だな。こんな場所までご足労なこって……」
「シンなら、何か知ってると思ったんだ。何か教えてくれるかも……って。私は何も、私がするべきことを知らない……」
するとシンは、私の頭を優しく撫でながらこう言った。
「……アオ、“自分には考える力が無い“って決めつけて他人に教えを乞うのは甘えっつーものさ。他人に判断を任せるな。……自分が下した選択に責任を持たなきゃならないのは怖いか?」
いつもより底冷えした、声だった。
私は反射的にビクリと体を震わせる。
「……!ごめん、なさい」
私は自分でも気づかない間に謝っていた。ただ、シンの言う通りだと思ったのだ。これをきっと“図星”と呼ぶのだろう。責任。そんなこと一ミリも考えずに直感的に思ったことだけを頼りに行動していた。けれど、そう言われると──私は無意識にシンを頼っていた。
「あー……アレだ、あんま俺の言葉は重く受け止めるな。これからのお前への……ただの忠告みたいなもんだ」
私がちょっとだけ落ち込んだ様子を悟られたのかもしれない。シンはきまり悪そうに頬をかき、目を逸らした。私は「ううん」と噛み合わない返事をする。ありがとう、という言葉を添えて。
「あの看護婦は頼れなかったのか?」
「……頼れない、訳じゃないけど。私とはたぶん、考えが違うから……会話もなんか噛み合わない時があるし……」
「そう言われちゃ、あいつも残念がるだろうな。……で?お前具体的な計画はあるのか?あいつらをなぜ助けたい?……見たところ理由はそれだけじゃ無いだろう」
「計画……計画は、ない。でもさっき言った戦争屋……戦争屋を、消さなきゃいけないの。私は囚人の男の子を傷つけたあの人のことが許せない。理由は分からないけど、自分の血が熱くなったのを感じたの。それにパパが戦争は良くないことだって教えてくれた。……あと、あの人は、私のママを殺した。きっと戦争屋は二人の謎も知ってる……だから追いかけたい。……そうしなきゃいけないような気がしてるだけなの」
シンは私の心臓のことをおそらく知らないだろう。ミザリもホオズキも何も言っていなかったし、知っているのはたぶん戦争屋だけだ。私は説明する順番を考えながらシンに縋りついた。だから私は金髪の少年に話しかけるという当初の目的も忘れ、私自身の“秘密”となるべきものを彼に打ち明けたのだった。シンは「つまり、お前は生まれてきた意味を知りたい訳か」と笑った。
「流石に生まれたばっかの子供を放っておく訳にはいかねえしな。分かった、俺が出来ることはしよう。ただな、アオ。厳しいことを言うようだが、行動するのはお前一人だ。……その理由は分かるな?」
理由。
……私が、決めたことだから?そうしないと、私がダメになるから?
どちらにせよ、彼が私の考えていることを思いやって言ってくれていることは確かだ。
「……うん!」
このとき。
──この時はまだ思っていなかった。
私がおそらくこの病院内にいる誰よりも愚かで惨劇の主人公になるであろうことを、完全には自覚していなかったのだ。シンが水晶の底のような瞳をしていたことに、私は気づいていなかった。
──“それ”を知ることになるのは、だいぶ後のことになる。
「さて、んじゃもう一回話しかけてみな。お前は目が良いな、金髪の子供だけはどうやらある程度話が通じるみたいだぞ」
「え?何でそんなこと分かるの?」
「長年の勘、ってやつだ。伊達に患者と向き合ってきた訳じゃない」
ポン、とシンに背中を押され、私は一歩前に踏み出す。目的のための過程は、今から考えていけばいい。シンの協力も得られたことだし、私に足りない知識は彼が教えてくれる。ミザリやホオズキに聞くのでも良いけれど……そうしたら彼らは私に隠しごとをする気がしてしまうのだ。彼らの顔はそういう顔だ。あっ決して怪しい顔つきだとかそういう意味じゃなくて。
よし。
私はお腹に力を入れ、声を上げた。
「返事をしろ~~~~~~~ッッ!!!!!!!!!」
キーン!
「「!!」」
「……え?」
情けない声を出したのは他でもない私自身。
たぶんひょっとこみたいな顔をしている。正直これが自分の声だとは思わなかった。
「……えええええ」
何を言ってるか分からないと思うけれど、自分でも何を言っているのか分からない。だって、こんなに声が出るなんて思ってなかったのだ。戦争屋に向かって叫んだ時、確かにあの時も大声を出していた。
だけど。
「……耳痛ぇ」
だけどあれは、衝動的なものだったから、全くボリュームなんて気にしたことなくて。
シンは両耳を居心地悪そうに押さえながらため息をつく。
「……ってか叫んだ張本人が“え?”ってそりゃどういうことだ」
「だ……だって、私本気で叫んだことなんてないから……どのくらいボリュームが出るか分からなかったというか……」
心臓がバクバクと脈打っている。緊張と驚愕が同時に後頭部から背中を下っていき、ドッドッと血管がすごい速さで収縮運動をしていた。危ない危ない、また囚人たちから目を離すところだった。絶対目を離しちゃいけない、ちゃんと話さなきゃ。私はあわてて正面を向いた。
「…!あ」
やっと私の祈り(?)が届いてくれたのか、彼は顔をこちらに向けてくれていた。私がこの数秒間心臓の底からせりあがる「感激のようなもの」に感情を支配されていたせいでほかの囚人たちのことは正直見えていなかった……けれど、一瞬確かに訪れた静寂のあと、彼らの叫び声が私の耳の奥を突いてきたいう事実から考えれば、ちゃんと声は聞こえていたようだ。
少年と、かちりと目が合った。宇宙の果てを見つめているような、虚に満ちた瞳だ。長い前髪で隠されて、眉とその大きそうな瞳はちらりとしか見えないが。でも彼は、聞く耳を持った人間だと確信した。
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