11人が本棚に入れています
本棚に追加
「わたくしは囚人看護婦のミザリです。史上最悪の殺人事件が起こった満月の午前二時からここに収容され、そして少女の胎内に満ちた紅茶を摂取しながら勤め続けております」
謎めいた口調、真顔のままで変わらない表情。
生身の命に会ったことがない私の体は強張った。きっと自己紹介をされているのだろうけれど、まるで暗号みたいで内容がほとんど解読できない。
「ど、どういう意味……?」
でも小さな頃からパパから暗号については教わってきたし、しばらくすれば私も慣れるだろう。人間になって開口一番に出会った人間がこの人ということになる。もしかして人類は皆こんな感じだったりするんだろうか。電脳世界からは見えない彼らの”本当の”姿。
「意味もなにも、わたくしの経歴をお話したまででございます。今回精霊王さまからの痛切なるお達しにより、わたくしが貴方様の手足となってお世話する運びに相成りました」
「……ねえ、さっきから言ってる精霊王って、一体誰なの?話についていけないよ」
バインダーに何かを書き込みながら淡々と話を続けるミザリを遮り、私は初めてまともに言葉を紡いだ。初めてしっかりと喋る言葉が疑問形なんて、まるで変てこな赤ん坊だ。
「……まさかご存知ないのですか?」
彼女は表情はそのまま、しかし声色は明らかに驚愕の色を含んだ調子で顔を上げた。「ああ、それもそうか……何せお子様は……」ともごもご言いながら当惑する素振りを見せながら。
「そんな名前、御伽噺の中でしか聞いたことないよ」
「わたくしが伝えて良いのかも不明ですが……”貴方のお父様”のことですよ」
「……え?」
「きっと精霊王さまは、貴方様にお姿を見られたくなかったのでしょうね。わたくしには理解出来かねる感情ですが、どうやら精霊王さまはご自身の容貌をどういう訳かひどく嫌っていたご様子。あれ程に神秘的な御方は空前絶後居られないというのに」
「パパが……」
パパの存在は、物心ついて色んなことを知った後になっても謎のままだった。聞いても何も教えてくれないし、私も言いたくないならいいやという軽い気持ちで流していた。私がパパと向かい合って話をする度に不思議そうにしているのが見て取れたのか、その度パパは「大丈夫、お前は何も知らないままでいいよ」と笑っていた。
最初のコメントを投稿しよう!