第十四話

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第十四話

   彼女の話をまとめると──。  まず、彼女の名前はサチというそうだ。そしてミリというのはあの時右側にいた子の名前。もう一人左側の子はランというらしい。私は“彼女は”と表現しているが、正確には彼らには性別はないという。個人的には女の子に見えるから──だから私は”彼女“と呼ぶことにする。  昨日の夜、母親代わりの存在である“先生”が彼女たちにある話を持ち掛けた。それは、「新しい薬を飲んで実験に成功したら、母親のところに帰してやる」というもの。彼女たち三人を含め、ほかにはあと数組の子供たちがいるらしい。その子たち全員に持ち掛けられた提案だったそうだ。ほかの子供たちは喜んでそれを承諾して実験室に連れられていったが、彼女たちだけは一瞬渋ったという。ここに来て既に何日もの時間が過ぎ、幾度となく“先生”の言うことを聞いてきたのに、一向に子供たち自身の願いが叶えられることはなかったからだ。  「いい子にしていればいつか帰れる」──それを信じてどんな実験にも耐えてきたのに、そのことをサチやミリが願っても巧妙にはぐらかされるだけだったらしい。サチは作った仮面の下で不信感こそ抱いていたものの、それを表に出すことはなかった──が、ついにミリのせき止めていた感情が決壊してしまったのだった。「あんたの言いなりになんかならない」と舌足らずに叫んだ声は室内中に響き、それまで笑顔しか見せてこなかった“先生”の態度は豹変。「仕置き部屋」という特別な独房に連れていかれ、ミリが犯した「悪いこと」の償いをさせるために三人とも暴力を振るわれたという。    「……そんなことが」    「……実験体の子供たちの間ではよくある話だ。あいつらはどんな手を使ってでも子供を洗脳して大罪人を“育成”する。だが──」    こいつらはまだ脳髄まで洗脳はされていなかったみたいだな。  シンは心底驚いたように呟いた。実験体の子供たちはここに連れてこられてから数週間もすれば、自分が「どれだけ生まれながらの極悪人であるか」を理解し、「贖罪のために生きる」ということを完全に刷り込まれて感情を失うという。それが普通、だそうだ。自我を保っていられるのもレアケース以外の何物でもない。    「わたし……自分が傷つくのは、もうどうだっていい。でも、ミリやランが傷つくのはいやだ……」    機械のようだと思っていた瞳からは、あろうことか大粒の涙がぼろぼろと零れ始めた。大雨のあとの雨粒みたいな、透明な人間の血。    ……涙。    私はゴクリと息を飲む。  そして──思った。「人間の涙は、これほどに美しいのか」と。    「お姉ちゃん……お願い、ミリとランを助けて……」    幼い声は、そのまま泡沫になって消えてしまいそうだった。  子供がこれほどまでに悲しい言葉を吐くということを、私は知らなかった。    私は「助けて」と子供に泣きつかれて、にべもなく断る人間ではない。「分かった」と言い、できるか分からない彼女の手助けをすることに決めた。少年の救出のこともあるし、丁度良いだろう。……そういえば、彼の名前を聞くのを忘れていたな。今度会ったとき、ちゃんと聞いておかないと。名前は人間にとっては重要、なんだっけ。    「ありがとう……お姉ちゃん……」    グスッと嗚咽を交えながら俯く彼女の手を握る。私にできることといえば──やっぱり、ここに囚われて動くことができない彼らの代わりに出口を探すことだろうか。それとも、こんな風に病院に対して反感を持ってる人が多いなら……    「……派手に暴動を起こしてみるとか」  私は誰にも聞かれないようにポソリと声に出した。我ながら途方もない考えだ、と自嘲しながら首を横に振る。ないない。こんな考え上手くいかないよ「いいんじゃないか?」……はい?    「え?」  「いや、面白そうなんじゃないか。革命起こし」    シリアスな空気の裏側で、シンがくつくつと楽しそうに笑っていた。一体どんな光景を塑像しているのか知らないが、どうせろくでもないことを考えているに違いない。そんなに私に人殺しになってほしいのか、この病院の人間というのは。    「だけど私どうやって人数集めていいか……」    そもそもこの病院は精霊王を信仰している人たちばかりが集まっているのでは。医師然り、看護師然り。廊下の壁や病室の壁、たちどころに飾られた精霊王の絵画や彫像。私が見た限り市民革命のようなものを起こせるほどこの病院内には人はいない。「精霊王様が作った最後の砦」と称されるくらいなんだから、退廃した世界でも生きていられた生き残りの人たちはそれほど多くないはずだ。  私は顎に手をあて、「うーん……」と唸る。    「……あ、あの、おねえちゃん。私ね、手伝えるよ。そのことなら」    「え?」    サチはおもむろに口を開いた。  ……そのことって、人数を集めること?    「本当に!?」    三秒ぐらい考えてから、サチが凄い事を言っていることに気が付いて大声を上げた。「声でけえ」と文句を垂れたシンを尻目にサチに詰め寄る。    「ど、どうやるの!?」    「……えっと。私たち……子供たち、みんなに協力してもらえばいいんだよ。子供たちの数は多いんだよ。たぶん、教室2つぶんくらいはいるよ!」    教室2つ分……って、どのくらい?  私がそれを聞くために口を開きかけると、シンが心を読んだかのように横から口を挟んだ。    「大体六十人強ぐらいだろうな。俺が知っているだけでも実験体の数はここに勤める医師よりもかなり多かったはずだ……その分、“いなくなった子供たち”も多いだろうが」    「いなくなった子供たち……」    私はそれを聞きながら一つの情景を思い起こしていた。おそらく暴力を振るわれ続けて亡くなったか、あるいは“連帯責任”というやつでその場からいないことになった子供たちのことを指しているのだろう。    「その子たちのことも探せないかな」    私はシンに提案した。サチはどこか不思議そうな顔で私たちのことを見ていた。    「可能性としてはできなくはないが、何せこの病院は“最後の砦”にしちゃあだだっ広い。俺も全部の場所を記憶してる訳じゃないから、そんなに力にはなれないかもしれん」    「何それ役立たずじゃん」    現無職なんだから地図くらい知っててくれてもいいのでは(無理難題)。 私がすかさずツッコミを入れると、シンは呆れたようにため息をついた。    「ちょっと前まで人間ですらなかったお前には言われたくねえわ」    私たちがそうして不毛なやり取りを繰り返していると、サチが心底可愛らしい顔で首を傾げた。  「お姉ちゃん、さっきから何喋ってるの?」    「あ……ご、ごめん。時間の無駄だったよね」    「時間の無駄ってお前な」  
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