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第十五話
真剣な話をしていたのにこんな風に彼女よりも大人である私たちが言い合うのも、確かに考え物だ。彼女が不満を抱くのも頷ける……私は気を取り直してコホンと咳払った。
「……それで、どうやってサチ以外の子供たちに協力してもらう?話ができるなら、その子達と話がしたいけど」
サチは一瞬ハッと驚いたような表情をして、「えっと」と何かを話始めようとした。でも次の言葉は何も紡がれることはなく、ただ「あの」「その」とあたふた同じ場所を繰り返している。
あ、これはもしかして。
「ご……ごめんね、そこまで考えてなかった……」
「あ、なるほど」
やっぱり。
子供らしいといえば子供らしい。私はサチのその言葉を聞いてどこかホッとしていた。
「じゃあこれから考えよっか。……うーん、やっぱり私が近づいて話をするより、サチが先に色々説明した方がいいかな?みんな警戒しちゃうよね、いきなり知らない人が来ると」
経験のない頭をぐるぐる巡らせて考える。実験体の子供たちは連日知らない大人たちに良い様に使われているのだから、もしかしたら見知らぬ人間にも何も動じないかもしれない。だけど、みんな子供といえば子供ではあるんだし……。
そこに、シンが意見を挟んだ。
「いや、そもそも部外者であるアオが入ることすら難しいかもしれない。確かあそこは隔離病棟の数倍セキュリティが強かった記憶がある……システムの内部に入るにも、すぐに怪しまれるに決まってるからな」
「うーん……そうなると、やっぱり強行突破?」
「馬鹿かお前………………あ」
「他に方法が……………あ」
「?」
一緒に考える仕草をしてくれているサチの前で、私とシンは顔を見合わせた。そうだ、もしかしたらこの方法を使えばいけるかもしれない。
「「精霊王の娘だって言えば/の特権使えばいけそうだな」」
これだ。
私と彼の声は見事にハモり、勝利の道が見えたとばかりに私だけが飛び跳ねた。そこにサチが「どうしたの?」とすかさずツッコミを入れたため、すぐに我に返る。
この病院は精霊王を信仰している人しかいないから……それに、サチを監視している“先生”たちも私のことは知っているみたいだから。
「あのね、サチは知らないと思うけど、私精霊王の娘なんだ。この病院の人たちは皆精霊王のことが大好きでしょ?だから、もしかしたらその威厳を使えばいけるんじゃないかなーって思ったの」
幼いサチにも分かるように言葉を選びながら説明する。賢い子だ、きっと理解するだろう。
「せいれいおうさまの……むすめ?お姉ちゃんが!?ほんとに!」
今度はサチが目を輝かせて飛び跳ねる番だった。「う、うん」と面食らった私はそんな情けない返事をする。子供にまで精霊王の名前は浸透しているようで、少し安心した……というかなんか複雑なような。何とも言えない気持ちだ。
初めて見るサチの嬉しそうな表情。本当に、三人組でいないときに見れば普通の無邪気な子供そのものだ。“先生”達はどんな風に彼らを区別しているんだろう?
「すごい、すごいっ。じゃあ、お姉ちゃんはほんとに私たちのことを助けに来てくれたんだ!」
「え、う、うん?そうなるのかな?」
きらきらと目を輝かせるサチにさらに戸惑う。すごい変わり様だなぁと呑気なことを頭の中で考えながら、私は「“助ける”っていうこと自体、しなくて済めば良かったのにな」と思う気持ちを抑えた。悲しくなるのは駄目だ。
「にしては頼りない救世主だけどな」
「ちょっと」
「まあそれは良いが、最初はどう動く?何をするにしても、まずお前が病院内の構図を把握できた方が良いと思うが」
「……」
……シンに私のツッコミが無視されたのは無視する、として。
構内図が保管されている場所はあるだろうか?ここが人間界で言う普通の病院だったら──おそらく入口とかナースステーションとかにあるんだろうけど、どこもかしこもアート作品ばっかりだったからなあ。
「……サチ、ここに図書館みたいな所はあるかな?みんなは普段……えと、実験室とこの庭しか来ないの?」
話がくだらなくなるだけなので、私はもはや相談する相手をサチにすることにした。突然質問を振られたサチは一瞬びっくりしたような顔をするが、すぐに記憶を手繰り寄せてくれた。本当に彼女が薬漬けにされていなくてよかった。
「うーんと……ある!何回かお勉強しに行ったから分かるよ!図書館!」
「そっか、良かった!じゃあ、他に行ったことある場所は?」
思い出すことに専念しているサチをフォローするように、私はもう一度同じ質問をする。
「えっと……このお庭と、お人形さんの家と、すごくきらきらしてるびじゅつかん……かなあ……」
新たな情報だ。“お人形さんの家”……“すごくきらきらしてる美術館”……一体どんなものなのか想像もつかないが、これも重要なカギになりそうだ。
包帯を巻いた彼女の姿が痛々しく、見るに堪えない。……このあと、この治療痕が仲間に反感を買われなければいいのだが。おそらく子供たちは傷が全回復するようなまともな治療を受けていないことだろう……。
「あとは?」
「うーんと……そのくらいかも。ごめんね、お姉ちゃん。また思い出したら言うね!」
私たち、いつもはそんなに外に出させてもらえないから。
サチはそう付け加えると、屈託のない笑顔を浮かべた。それを見ている私の心も少しだけチクリと痛んだ。私がそんなことを感じていい資格はないと思うけれど。
「分かった、ありがとう」
とりあえず今すぐにやるべきことは、どうにかして実験体の子供たちが集まる場所へ向かって“先生”たちと話をすることだろう。いや、その前に偵察か。そのあと、可能であれば子供たちと話をする。彼らにここから出たいか出たくないかを尋ねて、みんなで一緒に病院内で混乱を起こす──。
……人間初心者だから、上手くいくかは分からないけど。
「……よし!」
私は一人、気合を入れて拳に力を込めた。
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