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急にいなくなったらミザリあたりが怪しむだろうかと思いつつも、まあ大丈夫だろうと踏んで私はサチと共に“先生”のもとへ出向くことにした。
想像はしていたけれど、シンは案の定「野暮用」という名のサボリでそそくさとどこかへ消えていった。わざわざ怒るほどのことでもないが、ただ「あの人何してんだろ」といった素朴な疑問は自然と湧く。しかしそれを追及したところできっと生産的な答えを返してくれるような大人でもないだろう。私はもう何も言わないことにした。
「……サチ、この庭園って、一体どうなってるのかな?天井はまるで空みたいにあんなに高いし、病院の中とは思えないほどだだっ広い……」
サチと二人で足を揃えて歩きながら、私は疑問を投げかける。彼女曰く「わたしがお姉ちゃんをまもるー!」とのこと。一体何から守ってくれようとしているのか不明だが、その屈託のない純粋な笑顔が可愛かったので私もはにかみながら頭を撫でた。幼い子供の可愛い発言は、ただただ笑って受け入れるに限る。
「それはね、魔法だよ。お姉ちゃん!」
「え」
え。
ま、魔法?……いや、あっても全然不思議じゃないけど。さすがに非現実の世界だけの話だと思っていたよ。違うのか。あ、いや待て。でもここ一回滅んで蘇ったような世界なんだった。そりゃ魔法も有り得るわ。そうだよな、うん。
「精霊王さまが最後に残してくれた魔法の力なの。生き残った私たちが、最後まで不自由することなく過ごせるようにって。だからね、私……ここでお空をみるたびに、心がぽかぽかするんだ!……そうだ、お姉ちゃん、太陽ってどんなもの?お月様って、本当にみんなをきらきら照らしてくれるくらい優しいの!?」
「……え、えーっとね」
サチは目を輝かせて熱弁してくる。その熱にあてられて「お、おお……」と呆気にとられる私。
「太陽ってどんなもの」か。私も、写真でしか見たことがないから何も言えないな。それに私、人間としての年齢で言えば赤ちゃんだから君よりも年下なんだよな、うん。
「……あっ待って!でも先生たちいつも言ってるんだ!知らないことは知らないから面白いんだ、って。だからお姉ちゃんやっぱ何にも言わないで、ね!」
今度は「しーっ!」という仕草をしながらサチはそう言った。忙しい子だなあ、と思うと同時に安堵を覚える。サチみたいな幼い子に、「実は電脳世界で産まれたんだよね~」なんて言ってもきっと理解が及ばないことだろう。「わ、分かった~~!そうだよね、知らないほうが楽しい、よね!ははは……!」と必死な笑い声を作りながら私は返事をした。
サチと並んで歩き、庭園の風景を抜けて今度は洋館のような内装の場所に出る。
「もうすぐ着くよっ!迷路みたいな道だけど、やっと私も覚えたんだぁ!」
「……っ!」
私が息を飲んだのは他でもない。「やはりこの世界に魔法はあるのだ」ということを実感したからだった。さっきまで白昼夢のような庭園の中に居たのに、いつの間にやら景色は全て変わってしまっている。だって、この間も通った扉を開けたら、そこにあるのはリノリウムの床なんかじゃなかったんだ。
「ここは、“いくつもの夜が重なって、いくつもの朝が重なって、太陽と月が結婚して、できた奇跡の世界“なんだって!」
壁に灯されている無数の燭台、ゆらゆらと揺らめく燐火。
天井には小ぶりなシャンデリアが大体2メートルごとに1つずつぶら下がっており、先は長い長い廊下になっている。ミザリに車椅子を押されて歩いた、あの壊れたゲームセンターの道を思い出した。
──私、あの先で、壊れた人形を見て…………“戦争屋”に、出会っ、
「お姉ちゃん?どうしたの!?」
た……?
「…………え」
……?
何かおかしいことでも言っただろうか?それとも私の顔に何かついているんだろうか?
「……どうしたの?」
私は、逆にサチに聞き返した。
なぜ彼女が、私の顔を寸分の狂いもなく見据え、そして、ガタガタと死神と対峙したときのように震えているのか、全く理解ができなかった。
だって、私は「どうしたの?」と言われるようなことをしていない──
視界の隅で、黒々と光る影が動いた気がした。
「あ………あ…」
少女は口をパクパクと開閉させながら、震える指で私のことを指差している。小さな左手で口元を覆い、まるで見てはいけないものを見てしまったかのような──。
「べぇえええええええええええええええええええええええええええええええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!」
「!!??」
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