第一話「囚人」

5/6
前へ
/46ページ
次へ
 ──罪名。初めて聞いた単語だ。あれだけ広い海で遊んでいたのに、ここまでの十数分間だけでも知らないことばかり。変なモヤが心臓のあたりにかかっているような、そんな気分になった。これを言葉で何と言うのだろう、「悲しみ」?「虚しさ」?…。  あの世界の中ならどこからでもどこへでも行ける。だからある程度はもう理解できた気になっていて、「予習」もできたつもりでいた。  ミザリは手錠を愛おしそうに撫でながら唇を歪める。  「あぁ……精霊王さまの呪い。不埒なことを承知で申しますが、これを見つめるだけで子宮が疼くのです。貴方様のお父様に果てしなく欲情してしまうのです。だからそれを抑えるために、わたくしは毎夜ここに入院している少女たちの胎内から……あ、失礼致しました。何でもございません」  珍しく表情を崩して恍惚に笑う彼女。  コホン、とわざとらしく咳払いをすると私に向き直った。笑うと果実と花がぐしゃりと萎むようだ。私はもう一つ疑問が湧いて、「その姿は生まれつきなの?」と静かに問いを投げた。  「いいえ。この姿は生来のものではございません。これも精霊王さまの呪いの一環なのです。わたくしの容姿は殺人を犯す前よりも格段に美しくなりました。精霊王さまのお言葉によると、“佳人薄命”と」    「佳人薄命?」    言葉の意味は分かる。美しい人は早くに亡くなる──とかそういった意味だったはずだ。    「はい。大罪人を美しく拘束することにより──ああ、わたくしは今は果実と植物に顔だけを侵食されていますが、あと一年もすればこれはわたくしの細胞の果てまで種を蒔き、それはそれは美味しい生命の樹となって皆様の腸の底に吸収されて朽ちるのです」  「今となっては残虐な殺人を行っておいて良かった、と思っております」 ──そう付け加えてミザリは饒舌になった口を閉じた。  私は大正義を掲げたような顔で心中を朗読する彼女にどうにも違和感を覚えて、そうなんだと頷きながらも背筋が凍る思いがした。  どうやったらこんなことが言えるのだろう。  いや、違和感を覚える私の方がこの世界ではおかしいのだろうか?「美しいものを信用するな」と伝えてくれたパパの言葉を思い出す。  ねえパパ、それはつまりこういうことなの?  「……どんな風に人を殺したの?」  私はゆっくりと自分の常識がどこかへ飛んでいくのを感じていた。ミザリは普通ではない。一方的に言葉を聞いていては何故か自分がおかしくなってしまいそうな直感がした。  ミザリはその瞬間、ぴたりと動きを止めた。呼吸さえも忘れたような小静止。病室の中に迸る緊張の一本線。あれ、何かまずいことを言ってしまっただろうか。掛け布団に添えた手を思わずぎゅっと強く握る。──それにしてもこの病院は余りにも静かだと、ふと思った。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加