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「しにがみ」
わたしの声が震えたのは、きっとあなたを前にしているせい。
あなたはこんなときにしか、わたしをまっすぐ見てくれない。
ふだんは素知らぬ顔なんだ。今日はネイルもグラデーションにしたし、バングルだってはめてるし、あなたが良い香りだとこぼしてた銘柄のパルファムだってつけてるのに。ひと言くらい褒めたってばちは当たらないのに。
あなたの長い長い前髪のあいだの思いがけず幼さを含んだ目が細められて、すうっとわたしを見据える。
それだけで、白を基調とした明るい店内の壁いっぱいに並ぶボードゲームやカードゲームも、入ってきたお客さんに予約がなければ入店できないと告げる店員さんの説明の声も、隣のテーブルで盛り上がる男女の喧騒も、わたしと同じテーブルにつく友達と目の前のあなたの友達も――それら一切合切が消え去った。
わたしは天地すらなくして自分が差し出した裏向きのカードと目の前のあなただけの世界に沈んだ。
数瞬、見つめあうとあなたの手が動く。男らしい節くれだった指がカードの端をつまんで。
「本当だな」
清風が光をおびて洞窟を抜けたような声が耳朶に触れる。
めくられたカードにはカートゥーン調のしにがみのイラストが描いてあった。
これでしにがみがわたしの前に三枚並ぶ。あと一枚しにがみが並べば負けだ。
声もなくあなたは肩を揺らし笑う。
ちくしょう。
わたしは手札を見返しながら、つぎの一枚を考える。
ゲーム中ならわたしのことをこんなにも見透かすのに、どうしてまったく気づかないのか、なんてことを思いながら。
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