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夜。僕は部屋の中にいた。
分からない。何も分からない。ただ一つ、この状況で客観的事実として横たわっている事がある。君を愛していたということだ。僕は君のことが好きだった。誰よりも。愛していた。本当に。でも、でも、何も思い出せない。君を愛していたことは憶えてる。なのに、君の笑った顔も、声も、名前すら思い出せない。おかしい、おかしい。君を忘れるなんてありえない筈なのに。
記憶がごっそり持ち去られた、まるで盗みにでもあったような感覚は、一晩で僕の感覚という感覚に棲みついた。蛆虫が体を這い回っているかのようだった。
勿論そんな状態で眠れるわけもなく、気が付けば朝だった。明るくなって漸く分かった。僕は今、何かから隔離されている。部屋には天窓があり、光はそこからのみ入ってくる。室温なんかは快適で、明るくなって暫くするとご飯も出てきた。しかもそこそこ美味しい。
「これで、この謎の不快感さえ無ければ完璧なんだけどなぁ…」
ご飯も食べ終わり、手持ち無沙汰になった僕は、床にごろっと寝転がり、こう呟いた。不快感は相変わらず抜けてやいやしなかった。いや、酷くなっているような気がする。不快感に耐えながらも、僕は頭を働かせていた。
ぐるぐる、ぐるぐる。僕はなぜここにいるのだろう。記憶に残っているのは君への好意。今すぐにでも抱きしめたいのに、君については何も思い出せない。
「ああ、会いたいな。」
君への憧憬の想いだけが積もっていく。君は一体どんな子なの。髪はショートとロング、どっちかな。小柄?それとも長身?服はどんな感じなんだろう。女の子っぽい感じ、クール系、若しかしてちょっとセクシー?思い切ってギャルとか、色んなのがあるよね。性格だって色々。癒し系、おっとり、ツンデレ、おおらか……あげだしたらキリがないね。
会えたら僕はどんな顔をすればいいんだろう。君は驚くかな。泣いたりしちゃうのかもね。
何もない部屋ですることといえば、君のことを考える事くらいしかない。
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