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料理番の本能寺
あー、まじかぁ、やっちゃったなぁ。
本能寺がよく見渡せる山の上で、とある男が真っ赤に燃え上がる本能寺を見ていた。
私、坪内某と申す者である。
天下の織田信長公の料理番として使えておる。いや、ほんの数刻前まで使えておった。
本日も信長公の夕餉を御用意したのち、自らも夕餉にするつもりであった。
京の魚に野菜、地産地消とはよく言ったものである。京には旨きものが溢れておる。実に料理番冥利につきる!
寺の料理番を押しのけ、鼻歌交じりで自分のメシを作る。
ここで手に入った味噌と出汁で味噌汁を作ろう!そうしよう!
そういえば、焼き味噌を切らしていた。信長公の好物だ。ないなんて分かったら己の首が飛ぶわ。
切らしたらキレる、なんてね!
いやー、主人のことがよく分かった素晴らしい料理番である。
とゆうわけで、先に焼き味噌を作るか!
余った味噌を味噌汁にすればいいだけだし!
さて、薪に火をくべて……ん?
パチッと静電気の様な音と共に真っ赤な炎が足元に落ちた。
うあっちぃっ
え?嘘でしょ?
振り払った火が飛んだ先には、わらで編まれた籠が積まれている。
こ、これはまずい!非常にまずい!
み、み、みず、水だ!!
あ、そうだ味噌焼きの後に汲んでこようと思ってたんだ……
んー、よし!諦めて逃げよう!頭の切り替えが大切や!
これが生きにくい時代を生きてきたコツや!
バレるとマズイので外に火が漏れる前に逃げ出した。
途中、明智光秀公とすれ違ったが、うん、バレる前にズラかろう!
その直後、光秀公の叫びが聞こえた。
「火事だ!台所が燃えておるぞ!水を持て!」
さすが光秀公!仕事ができる!!
「光秀!貴様、火をつけたな!今朝も父上にキンカンアタマと言われておっただろう?!それを恨みおって!恥を知れ!」
恥を知るのはお前だ、バカ、信忠。無能な上司が有能な部下をダメにするんだ、バカ。お前なんか野ブタで十分だ。
必死に消化活動をしていた明智軍を、野ブタ軍がバッサバッサと斬り伏せていく。しかし明智軍、野ブタ軍に負けるほどやわではない。いつの間にか、明智軍が圧倒していた。
もちろんそのうちに火の手は周りに周った。
「ちちうえーーーーーー!」
泣き叫ぶ信忠の声が聞こえた気がするが、多分気のせいだ。
気のせいではなくとも、同情の余地などない!
坪内はとりあえず山に向かって走った。
あーうまいもん食い損ねたなぁ、とか、明日からどーすっかなぁ、と考え、出来るだけ本能寺は見ないようにした。
俺は悪くない。うん。悪いのは野ブタだ。
後日、人づてに聞くところによると、本能寺の本堂は真っ赤に染まり、大部分は焼け落ち、信長公が亡くなったそうだ。さらに光秀公には謀反の疑いがかけられ、本能寺の出来事を聞きつけた秀吉公に斬られたらしい。
……9割くらい私は悪くないな。
明智光秀公には悪い事をしたが。ごめんなぁ。
裏でキンカンって呼んじゃって。気にしてたの知ってたのに。ぐすん。
まぁ気の良いキンカ……光秀公なら許してくださるだろう!
「坪内の旦那!またうまい味噌汁頼むわ!」
大きな声が戸口から聞こえた。
あの夜の後、山を越えた麓の村で小さな宿屋の料理番をすることになったのだ。
今では坪内の料理目当てで泊まりに来る客もいるという。
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