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後日録 恵みの雨をもたらしたあの村へ再び
「あの日から、もう1年がきたのか」
周りに広がる多くの田んぼを眺めながら、水龍は菅笠を被った姿で高松藩の領地にある農村を歩いていた。前の年と違って、今年は雨がよく降ったおかげで稲のほうも順調に育っている。
実りの秋を楽しみに待つ風景の中、水龍がここへやってきたのは庄屋の家にいるはずの双子の男の子に合う約束をしていたためである。
「もうちょっと歩けば、庄屋の家にたどり着けるぞ」
水龍は、太陽が照りつける暑さに汗をぬぐいながら歩みを進み続けている。子供たちがどれだけ成長しているのか期待を膨らませていると、庄屋が暮らす大きな家が水龍の目に入ってきた。
「庄屋さん! 子供たちとの約束通りここへやってきました!」
「水龍様、わざわざきてくれて本当にかたじけない。子供たちも庭にいるからちょっと待ってくれないかな」
双子の男の子は、庭先に出てきた庄屋に促されるように駆け足で水龍のそばへやってきた。腹掛け姿で駆け寄った子供たちは、まるで自分の父親に会いたがっているように抱きついている。
「とうちゃ! とうちゃ!」
「会いたかったよ!」
水龍は、無邪気で嬉しさを隠せない子供たちを1人ずつ両手で抱いては持ち上げている。子供たちのかわいさは、顔を見ただけですぐに分かるものである。
そんな時、水龍は男の子たちの腹掛けの下がぬれていることに気づくと、目を凝らすようにじっと見つめている。
「あっ! もしかして……」
「てへっ、おねしょしちゃった」
「今日もやっちゃった」
水龍は庭へ入ると、2枚の布団が干されている物干しのほうへ足を運ぶことにした。そこには、大きな水溜まりができたおねしょ布団が堂々と並んでいる。
「もしかして、夢の中で……」
「え、えへへ……」
男の子2人は、自分たちがやってしまったおねしょを見ながら照れ笑いするばかりである。まだ小さい子供だし、お布団に地図を描いて大失敗してしまうのは仕方がない。
そこへ、庄屋が子供たちのそばにいる水助のところへ寄ってきた。水龍は、柔和な顔つきの庄屋に今年の稲の状況について聞くことにした。
「ここへ向かう途中で田んぼを見回したけど、この状態ならわしに頼まなくても実りの秋が迎えられそうだ」
「いえいえ、水龍様が去年この村へやってこなかったら、飢え死にした人が少なからずいたかもしれないし……。水龍様には背を向けて寝られません」
庄屋は、この村を救ってくれた水龍に対する恩を今でも忘れることはない。水龍は、そんな庄屋と2人で物干しを眺めている。
「そう考えると、恵みの雨をもたらすのも子供たちがおねしょするおかげということか」
「確かに、布団に描かれているのは大きな水溜まりだから、水龍様の言う通りかもしれないなあ」
庭を駆け回る双子の男の子の姿を横目に、水龍は白い雲が浮かぶ青空を見上げた。その青空は、まるでこの村をやさしく包み込むように澄み切っている。
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