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実はそのときのことを操は詳しく覚えてもいない。
ただ強烈な印象が、そのほとんどを生死の先鋭な観念が占めるような印象が、脳裏に焼き付けられているだけだ。
自分を襲った男がどうなったのかさえ分からないし、知りたくもなかった。
本物のジャーナリストなら、そういう体験さえ記事にして世に出すのかもしれない。けれど、自分には無理だった。
意識を操作して、ふだんの生活では巧妙に回避して生きていく道を選んだ。あたかも人は死ぬという現実を、多くの人が意識から遠ざけているように。
それくらい、恐ろしかったのである。
いまや操は見栄も衒いも捨てていた。
ベッドの上でうとうとしていたらしい。
スマホの振動で我に返った。
見ると、洋一からだった。
「はい、もしもし」
『おい、いったいいつまで待たせるんだ?』
「え、なんの話ですか」
『この間の件、やるつもりなんだろう? 返事がないんで、電話したんだ』
「ちょっと待ってくださいよ。期限はいつでもいいって言ってましたよね」
『ばか、それはあの資料を受け取らせるための方便だ。あれをそろえるのだって、けっこう時間かかったんだ。いい加減決めろ』
「はあ」
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