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 心が動かないといえば、嘘になる。   操があの仕事を辞めた直接のきっかけは、取材中の大怪我だった。  空爆にあったとか、地雷を踏んだとか、テロに遭遇したとかではなく、いわば強盗に襲われたのである。しかも単独犯だ。  相手はナイフ一つを武器にしていた。あとで分かったところでは、武装集団の関係者というのではなくまったくの地元の住人だった。3人の子供の父親で、妻を病気で亡くしたばかりだった。  間違っても『心の闇』なんて言葉は使うな。  先ほどの洋一の言葉が突き刺さる。  殺意、死に物狂いの殺意とは、そんな言葉で表現しきれない生々しさがあった。  洋一がこのケースを操に用意したのは、間接的にもせよ自分があの事件と向き合うことを期待しているのだと思った。それを操は感じとった。  ほんの少し、気持ちが揺らいだ。 「ほんとに期限はいつでもいいんですね」  念を押して、とうとうその資料を受けとってしまっていた。
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