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一
万太郎坊っちゃんは癇の強い子で、昼も夜も泣いてばかりいる。
頭痛がするから、ちょっと外に出ておいでとお内儀さんに言われて、あたしは坊ちゃんを背負ってお店を出た。
木場の丸木屋はちょっとした大店で、ほんとうならあたしみたいに行儀も口の聞き方も知らないような百姓育ちの小娘が、たとえ下女奉公だろうと滅多に取り立ててもらえるようなお店じゃないそうだ。
だけど、これじゃあとてもお乳母さんの身が持たないっていうんで、急遽子守が必要になったらしい。
お店の者はみんな、もういい加減泣き声にはうんざりしている。
外に出たって、一つ所に留まっていると、うるさいと叱られたり、そうでなくても、また下手な子守が赤子を泣かせているっていう目で見られるから、肩身が狭い。
毎日毎日あても無く、足が棒になるまでうろうろと歩き回って、これじゃああたしの身が持たないよ。
そこへ、追い打ちをかけるように夕立がざあっと来て、よく行く近くの稲荷へ駆け込んだ。坊っちゃんを濡らすわけにはいかないからね。
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