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ほんの夕立だと思っていたのに、雨は本当に止まない。
だんだん薄暗くなってくるような気がして、あたしは不安になった。
このまま、夜まで止まなかったら、どうしよう。
今のうちに、走って帰るべきだろうか――
あんまり帰りが遅くなっては叱られる。人攫いだって、出るかも知れない。夜風と雨じゃ、どっちが毒だろうか。
そんな思案をしているうち、坊っちゃんが目を覚ましてぐずりだし、とうとう泣き出してしまった。こうなったら、あやしてもすかしても、滅多な事じゃ泣きやまない。
どうしよう。
うるさいって、怒りだしたら、どうしよう。
あんな刀、どうせ竹光さ。そうでなくったって、きっとなまくらの赤鰯に決まってる。
でも、どうしよう――
ちらりと盗み見ると、お侍は気にしたふうでもなく、ぼんやりと空を眺めている。
それでちょっとは安心したけれど、雨はどんどん強くなるし、坊っちゃんの泣き声もどんどん高くなる。あたしも、泣きたくなった。
――ふわっと。
突然坊っちゃんが取り上げられて、あたしは悲鳴を上げた。
坊っちゃんに、何かされると思ったからだよ。
いつ動いたのか、二間の距離をまるで飛んできたように、そのお侍がすぐ隣に座って、坊っちゃんを抱いていた。
坊っちゃんは、嘘みたいに、泣きやんだ。
「なん…で……」
喉に絡みついたように、声が上手く出てこない。
お侍は、ちょっと目を細めてうっすらと笑い、
「昔々、な。おれもこういうことを、していたよ」
と、言った。
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