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みかのスナック
前回までのあらすじ みかが気に入ったサトシはあれやこれやとパチンコの指南をする。意外にもあっさりとそれらを受け入れ、トータルでは勝てるようになったみか。サトシは今日もみかを待つ
その日の調子の良し悪しはツキでしかない。カズの言葉だ。今日は最初は出ていたのだが、夕方4時過ぎにもなると足元に一箱になり、5時前には玉がなくなった。
カズに報告に行くと
「6時まで現金投資で粘れ」
と言うきついお言葉。
サトシは言い付けどうりに一万円札をくずしてまたしぶしぶ打ち始める。一万五千円ほど飲まれて6時になった。
「カズさん、今日はとことんついてないですわ。ここらで失礼させてもらいます」 「おお、よく頑張ったな。今日はゆっくり寝るんだぞ」
「はい、それじゃ」
やっと地獄から解放された気分だ。
明日は店も休みだ。この前みかさんからもらった名刺の裏にある地図を頼りに「月」というスナックに行ってみようと思い立った。
けっこう大きいビルの中にスナックがひしめき合っている。その一角に、「月」を見つけた。サトシは遠慮がちに、ドアを開ける。
「いらっしゃい。本当に来てくれたのね、嬉しいわ」
みかがはしゃぎながら言う。
「この人はパチプロさんなの。いつも出しているわ。最近弟子入りして、私まで勝てるようになってきているのよ」
ママと思える中年女性に、サトシを紹介する。 サトシは曖昧に笑顔を返す。
カウンター席には男が一人。カウンター内にいるみか以外の若い女としゃべりながら杯を重ねている。 ボックス席では三人の男を、ホステスが一人で相手をしている。サトシはみかの前に陣取る。いつも質問されている分、今日は逆に質問責めだ。
みかは、この店のチイママだそうだ。経営状態はよくも悪くもない。そこらにあるスナックとどっこいどっこいらしい。「一月自分いくらくらいになるの?」
サトシはひそひそ声で話す。「その月にもよるけど…だいたい四十万円といったところかしら。お水の仕事だけど、風俗の仕事じゃあないしね。そんなもんよ」
「ふーん、でもまあまあやね。お客さんと話をするだけだろう」
「それだけじゃないところを見せてあげるわ」
みかは、店の隅っこにあるステージに立つとカラオケに好きなアーティストの曲を入れ、いきなり歌い始めた。歌が抜群に上手い。 皆がきき惚れている。やがて曲が終わり、拍手の中カウンターに戻ってきた。
「これでストレス発散よ」
「仕事をしながらストレス発散か、いい仕事じゃないか」
「そういえばそうね。でもセクハラも多くって」
やっとウイスキーの水割りが出てきた。ひと昔に流行ったいわゆるカラオケスナックである。
サトシも一曲歌う事にした。ウイスキーを飲み干し、気合いをいれる。
サトシ自慢のバラードである。しかし、ボックス席の観客はまた話始める。歌い終わっても自分の歌唱力のなさに気づかされるばかりだ。 カラオケは止めておこうと思う。
まあ、いいや、今日はみかさんに会いに来ただけなんだからと、自分を納得させる。しかしなにか悔しい。まあ、またいつかの機会に、歌ってやろうと思う。
「この前20万円近くも勝ったのよ。ドル箱が信じられないほど積み上げられて、見物客が出る騒ぎだったのよ。あんなに勝っているのに、涼しい顔をして打ってたわ。悔しいったらもう」
みかがこの前の出来事をママに話す。サトシは「運勝ちだよ」と謙遜する。
「へー、腕がいいんやね。大体どれくらい稼ぐのん?」
またもやこの質問だ。ひそひそ声で話す。「そんなに稼げるんかいな。前、梁山泊ってパチプログループがおったよな。そこまで儲ける事は出来へんのかいな」
「そりゃそうだよ。相手はネタプロといって、攻略法を使って荒稼ぎするんだよ。こっちは普通のパチプロ。正攻法で真っ正面からしか打たない。その事にプライドを持っているんや」
「なんや面白そうな世界やなあ」
「面白いことばかりじゃないよ。ハマリを抜け出せない時には手をやくし、確変で当たってもダブルで終わると悔しい思いもするし、展開がいまいちだとイライラしてくるし。まあいいところと悪いところ半々だよ」
サトシはグラスをなめる。「とくに今打っている海物語のミドル機は人気があって、なかなか思った台が取れないことも多いんや。他のシマでいい台を探してまわるのが緊急の課題や」
「それなりに苦労してるんやね」 みかが相づちを打つ。パッと見、いつも楽勝しているように見えるからだ。
「いつも思い通りの台を打てる訳やないしな、いい台がなかったら、一発も打たんと帰る勇気も必要なんや。これは素人は絶対にでけへん。悪い台でも打つ気満々で来てるからな」
「やっぱりあれなの?盆と正月は出さないの?」「まあ、季節的なものはあるやろな。特に正月は全くダメやて、親方が言うてたわ。その代わり4月はよく開けるそうや。新入社員なんかをパチンコづけにするために最初は開けるんやと。ビギナーズラックっていうのもまんざら嘘やないらしいわ。で、出した分をゴールデンウィークで取り返すと。勝ちっぱなしにはさせへんらしい。厳しいもんやで」
サトシはチビチビと飲む。店の営業方針は、一時間飲み放題で五千円。良心的な金額である。 今度はサトシがみかに質問する。
「みかさんは彼氏とかおるの?」
するとみかもビールに口をつける。「痛いとこつくわね。もう一年以上ご無沙汰よ。サトシくん付き合ってみる?私と」
「えー、ストレートやなあ、質問が。年上の女とは付き合ったことないからよう分かれへんわ。それよりも俺、彼女おるしな」
「え、どんな子なの?」
「大学時代バンド組んどってな、キーボード担当の子やってん。最初は、コード弾きもできんと、俺が一生懸命教えたってん。その内に仲良くなってな、まあよくある話や」
「ふーん」
「ところが聞いてやってんか。就職活動が始まったら夏海……夏海ていうんやけどな、俺がおろおろ内定決まらん間に先にさっさと内定取っておさらばしよるねん。しんどかったで、あの頃は」
「薄情な子やね」
みかがビールをぐいっと飲む。
「それがまた話は急転直下や。三年して、この前ばったりとおうてん。それで話を聞くと夏海の会社はいわゆるブラック企業のようで、十時まで残業は当たり前、もう辞めたいていうところまで追い詰められてんねん。うつ病になんかになって自殺とかされたらたまらんから、会社を辞めさせて俺が引き取ろうかと思てるとこなんや」
「なんか可哀想な話ね。でもサトシくんも人がいいのね。一度フラれた相手にそこまで考えているなんて」
「まあ、昔馴染みやしな。むげにはでけへんて」「どんな子なの?興味あるわ」
「まあ、可愛い子やで。もみあげがくるんとカールしてるところが特長や。俺の方が最初に惚れてん、そやから頭が上がれへんねん。はぁ」「尻にしかれている訳やね」
「ところが最近は立場が逆転したようなんや。俺が堂々とパチプロやってると知るとなんかすり寄って来んねん。とにかく会社を辞めたいみたいなんや。総務課に所属していてな、今は社史の編纂へんさんをやってるんやと。面白くも何ともない仕事なんやそうな。いつか体をこわすであのままやと」
「サトシくん優しいー。夏海さんて言うの?幸せ者だわ」
ステージにサラリーマンの一人が立った。長渕剛の「とんぼ」を歌いだした。だいぶ酔っているようで最初の入りも間違えるわ、メロディーは間違えるは、音痴もはなはだしい。
「ひどいな」
サトシがみかにひそひそ声で話すと「そんな事言わないの」 とたしなめられた。 と、次の瞬間。「なんやとおらぁ!」
今歌ってた男がサトシの薄ら笑いを見つけ掴みかかってきたのだ。
「なんじゃこらぁ!」
サトシも酒が入っている。タッパもある。なによりいつもの店の台取りで掴み合いの喧嘩になったことは一度や二度ではない。喧嘩慣れしてるのだ。 サトシは男の手を弾き胸ぐらを掴む。男は途端に苦しそうな顔をする。
ぶん殴ってやろうかと思ったが喧嘩は掴み合いまでとカズに言われている。
同僚たちが中に入り、事なきを得た。「気分悪いわ。帰るわ」
サトシはグラスを空けると立ち上がった。 みかが言う。
「頑張ってね」
「うん。みかさんもな。俺は明日休みやからよく寝るわ」 サトシは勘定を済ませて静かに出て行った。
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