旅打ち

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旅打ち

前回までのあらすじ サトシはみかがくれた名刺をたよりに、みかのスナック「月」を目指す。ドキドキしながらドアを開けると、みかが大喜びをしてくれる。気分よくのんでいると、些細なことから掴み合いの喧嘩をしてしまう。 晴天の空の下、人々が忙しげに交差点を行き交う。大阪の人々はとりわけ歩くのが速い。 「名古屋ですか!」  唐突に誘われてサトシは仰天した。今日は1月10日、普段なら正月営業も終えて、もう開け返している頃なのだが、いつもの店はもとより、カズが持ち駒にしている3店舗とも、ガチガチに閉めたままなのだ。こんなことは珍しい。 そこで新台の出回るのが早い名古屋へ行こうというのである。  実際に今年に入ってから成績は良くない。10万円を行ったり来たりしている。今日も閉めたままなので、そうそうに引き上げようかと思っていたところだ。名古屋というのは各メーカーの本社があまたある本場である。そこでどの台が流行りそうか、まず自社のアンテナ店で、新台を早めに入れて調べたり、どれくらい開ければどのくらい客がつくか調べたり、実験的な事を各店舗でやっている。  サトシはカズにすがりつく。カズが旅打ちに誘うなんて、よほどの新台情報を握っているに違いない。さっそく準備に取りかかることにした。  カズは自分の車を持っている。軽自動車の茶色のワゴン車である。なんとその後ろの座席を外してマットレスをしき、寝ることができるようになっているのだ。そこへサトシの布団をしき、1週間分の着替えだけをバッグに詰め込み出発した。 「いい旅館に泊まってとか思っていたのかい。基本はサウナ暮らしだ。でも勝負がラストまでもつれこんだら後ろでゴロンだ。仕事だから経費は極力抑えないとな」  旅打ちには金井もついて来るという。金井も心斎橋の店が開かないので仕事が出来ないのだ。天満駅の下で金井が待っていた。金井を拾っていざ旅打ちに出発である。 「明けましておめでとさん」  金井も少しハイテンションになっている。 サトシは免許は持っているものの、完全にペーパードライバーだ。それで大阪を抜けるまでカズがハンドルを握る。  阪神高速14号線から高速に乗って、西名阪自動車道に切り替える。その最初のサービスエリアでサトシと交代である。 「いきなり高速ですか…参ったな…ペーパードライバーなんすけど」 「慣れればすぐに思い出すさ 」  10分ほど休憩を取った後、サトシはびびりながら出発した。確かに少し走っただけですぐに慣れた。一般道を走るよりよほど安全なのだ。時速80キロの超スローペースである。「同じところを行ったり来たりしているとうんざりするだろう。特に開けない状態が続いていると。もう開けないんじゃないかと不安になってくるだろう」  どんどん後続車に追い越されながらサトシが答える。 「5日間ほどそういう状態でしたからね、明日からもう少し休もうかと思っていたんですよ」 「俺もだよ。心斎橋店があんなに開け返さないのは始めてだ。カズが声をかけてくれなかったら、1月はどうにもならなかったやろうよ。カズさまさまや」  金井が首をつっこむ。  かかっている音楽はなんとヘビメタである。 カズの印象とは到底似つかわしくない音楽がスピーカーから流れてきている。 「カズさん、こんな音楽聞いてはるんですか」 「いつもじゃないけどな。なにか燃えてくるだろう。これはかなり古いやつだが、お気に入りのアルバムだ。バン・ヘイレン最高!」  いつも少し苦虫を噛みつぶしているような顔をしているカズだが、今日は朝から機嫌がいい。普段は少女アイドル軍団の歌を聴いているサトシも、だんだんとその音楽に乗ってきた。  車はカズの指図で、四日市市を通り抜けた所で名古屋市ではなく、それより手前の大垣市方面へと向かった。  その途中に、何の変哲もない店が見えた。  駐車場は車であふれ、繁盛している様子がうかがえる。カズの指示で駐車場へと入った。   4時間ほどかかったか、丁度正午である。 カズが車を降りながら言う。「特Aランクの店だ。いつ行っても必ずどこかしらに開けているシマがある。それも、横並び調整じゃなくて、丁寧にひとつひとつ開け閉めしている最近では珍しい店だ。手ぶらでお前さん達をこんなところまで連れてきやしないよ」  店は大勢の客でごった返している。サトシは まずマックス機を見て回る。しかしさほど開いてはいない。  しかし次にミドル機を見て驚いた。大勢の客でごったがえしているシマの何台かは、まさしくヘソ釘が親指大ほど開いていた。千円30回位は回りそうな台だ。横並び調整ではないのだ。  すかさずタバコを投げ入れ確保する。千円にくずす作業がもどかしい。千円10枚を手に握ると、携帯の電卓に現在の回転数を入力して閉じる。大きく息をして打ち始める。3000円回して驚いた。86回転である。1000円に直すと28、66回転だ。上ムラかもしないが上々である。釘がそう物語っている。  カズはいつも打っているマックス機で打つ台を見つけたようだ。サトシがカズの所に来て報告する。「とりあえず28回転ありましたよ。びっくりです。そっちはどうですか」 「こっちは25~26回転だな。まぁ、今日はこれでよしとするよ」  金井があわててこちらにやって来た。「これまじグランドオープンじゃねーの?出しすぎやろ!俺の台、今んところ30回転回ってるで!お前、名古屋時代こんないい店で食ってたのかよ。凄すぎだよ」  サトシは順当に一万円と少し使ったところで確変大当たりである。4回で終わったが、それでいい。ここまで回る台は初めてなので、持ち玉勝負が楽しみなのだ。  時短を終わらせ、通常勝負になる。回りは落ちない。時おりボコボコッと玉が絡みながら全て入り、一瞬で保留が満タンになったりもする。 「太極…か」  今日いい台を打っているからといって、結果に繋がるわけでもない。しかし、長いスパンではほぼ計算値通りになる。 「大数の法則」の事だが、これがまず分からない。 こうして打っている時に考えるとこんな騒音の中だが考えがよくまとまる。  とりとめのない事を考えていると、バカスカ当たり始めた。抑えきれないほどだ。3時間で20回を突破した。このごろ当たっていなかった分、今出ている気がした。カズに言わせれば、「関係ない。しかしどこかでつながっている」などと意味不明なことを言うに決まっている。  トイレに立つと、向こうからいかにもこの道で飯を食っていると思われる目付きの悪い男と対峙する。サトシも、その目にありったけのプライドをにじませ、男と目を合わせる。二人は何もなかったように通りすぎて行く。 結局サトシは30回オーバーで11万円の勝ち。カズは4万円の勝ちで順調な滑り出しとなった。 「どうだった、今日の店は」  真夜中、サウナに行く途中カズが聞いてきた。 「いやもう、新台じゃないんですよね、あれ。圧倒されました」 「言った通りだろう。新装開店の時は半端なく開けるぞ」 「この近所に住みたいですよ」  サトシがそういうとカズと金井が笑う。 ヘビメタを響かせサウナの駐車場に車を止めた。  夏海からメールだ。また残業らしい。もう11時を過ぎている。「もう死にたいくらいよ」 いきなりとんでもない事を書いている。それはそうであろう。まず睡眠時間が取れないだろうからだ。8時の就業なら、遅くとも7時には起きてないとならないからだ。10時まで残業するとなると2時間しか自由な時間が取れない。そのなかには通勤時間も含まれる。実質1時間で風呂に入ったりしなければならない。 「上司に相談とかしてるのか?」  サトシが尋ねる。 「一回したけどお前の仕事が遅いからだと逆に怒られちゃったの。みんな物凄いスピードでパソコン打っていくのよ。信じられないくらいに、だからお昼ご飯も社食を食べて直ぐに仕事なの。もう壊れてしまいそう」 「死ぬなんて言うなよ、心配するだろう。こっちもいろいろ考えてやるからさ」  メールはここでとぎれた。これは真剣に何とかしてあげなければならないとサトシは考え初めた。 「彼女かい?」  カズが聞く。 「彼女と言うか…元カノですよ。最近再会したんです。仕事がキツいってぼやいているんです。残業が酷い時には10時までかかるそうなんですよ。それでいて残業代は出ないっていう。完全なブラック企業らしいんです」 「それは酷いな。パチプロも10時まで仕事をするけど、仕事始めが10時だもんな。疲れていれば勝手に早退できるし。会社務めだとそうはいかないもんな」 「そうでしょう、何かいい手はないかと思案中なんです。弁護士をたてて闘うかとか」 「まあ、弁護士に中に入って貰うとかなりの出費になるだろうからな。少しはセーブしとけよ」  カズがアドバイスをしてくれた。 「俺だったら辞めさせるけどなそんな会社。後の生活は面倒をみてやる。SOSを出してるんだろう?養ってあげなきゃ。それが男ってもんだ。で、別の楽な会社に就職させたら籠から解き放してやる。これくらいはやってやんなよ。男がすたるぞ」 「前は自分の方が捨てられたんですよ。ちょっとそれは彼女の方が虫が良すぎません?企業の内定が取れなくておろおろしているときにいきなり居なくなったんです。一番そばにいてほしい時にですよ。まだ少しだけ恨みに思ってますもん」 「小さいことにこだわるなよ。女が助けを求める。男がそれを救い出す。簡単な話じゃないか。こ難しく考えるなよ」 「どうした。痴話喧嘩か?」  金井がまた首を突っ込む。 「こいつの元カノがブラック企業に勤めていて、連日ハードな残業続きだそうなんだよ。しかも残業代もでない。金井さんならどうする?お互い今彼も、彼女も、いない前提で」「そりゃー助けてやんなきゃな。カズの言う通り男がすたるぞ」 サトシは 難しい顔をして聞いている。「そんなもんですかね……」  金井が呟く。 「それが男の器量ってもんだ」  金井は腕組みをしながらサウナへと向かった。
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