カズの過去

1/1

13人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

カズの過去

前回までのあらすじ  正月営業がどこも渋くてどうにもならないサトシ。 カズが名古屋に金井も一緒に旅打ちに誘う。とある繁盛店では、釘をタコ開けして一行を迎えてくれるのであった。 3人が泊まるサウナは12時まで宿泊客を出迎えてくれる店だ。3人は一直線に浴場に向かう。体を洗い、さっぱりしてから湯船につかる。今日の疲れが一気に吹き出る。車を長時間運転したのも初めてのことである。充分暖まってからカズの方を向いた。 もうオーラスとあって大浴場で泳いでいると、カズが話始める。 「この辺りにな、前住んでいたんだ」  カズは顔を洗いながらつぶやく。 「やっぱりそうですか。道なんか、えらい詳しいからなんとなくは」 「最初は地元でやってたんだ。しかしどの店も渋くてな。どうせやるならパチンコの本場名古屋でやろうと決めて出てきたんだよ。いい店を探すうちにあの店にたどり着いたというわけさ。引っ越すのも一苦労だったんだぞ。在職証明書なるものを提出しなければならない。もちろんこっちはそんなもん有るわけがない」 「どうしたんですか?」 「蛇の道はへびっていうだろう。在職証明を取れる裏技があるんだよ。車を飛ばしていると『身分証明いたします』っていう看板を見つけたんだ。そこを訪ねると、9万円である大手企業の在職証明が手に入ったのさ。おそらく在職証明を自由にできる社内の人間が小遣い稼ぎにやってるようなんだ。それで書類も整い、晴れてアパートを借りれたってわけさ」 「蛇の道はへびですねー。勉強になります」  カズとサトシは笑った。 「それで今日の店に居着いた訳ですか」 「昔はな、パチプロってものは人気のない台にあえて挑戦して、勝ってドル箱の山を築いて他の客を呼び込む、店とはウインウインの関係だと信じて疑わなかった。サクラじゃないけど日当2万円ぐらいの働きはしているもんだと勝手に思いこんでいたんだ」 「ありますよね。そういうの。僕らが出していると、いつのまにかシマが満杯になる事」 「ああ、しかしそれはこちらの勝手な片想いだと気づいたんだ。店は俺達パチプロの事を『乞食』と言う。それを知ってからはいろんな店をさ迷うようになった。運がいいことに愛知県北部は優良店が多い。 なんとか、勝ち続けてはいたが、この閉塞感を打破したかった」 「『乞食』か…俺もそれを聞いたことがあるよ。それからしばらく寝込んだもんな」  金井が話に割って入る。 「しかし、開店屋にとってみると、乞食呼ばわりされるのは一種の勲章だよ。そう後ろで呼ばれながらも女子供の為に台にしがみつく。それが男ってやつさ」   サトシが話を戻す。 「それで大阪に来たんですか」 「いつもの店にたどり着くのはなかなか大変だったんだぞ。それまでは今は持ち駒にしている心斎橋の店をホームにしていたんだ」 「あーそれは金井さんに聞きました」 「最初は取っ付きにくい奴だったんだよ。でもいい台を選ぶ目も一級品で玉で11時ラストまで粘る根性もあるしな、それで俺が飲みに誘ったんだよ。酒には弱いみたいでほいほいついてきたんだよ。ははは」 「サトシにはいつもの店と、心斎橋の店しか連れていった事がないな。あとの一店はこの2つの店がダメなときに覗いて見る郊外店だ。今度ヒマを見つけて連れていってやるよ」 「カズさん。それは嬉しいんですけど、そんなに気軽に教えてくれていいんですか?普通バッティングしないように隠しておくものじゃないんですのん?」 「まあ、1台をとりあったら嫌だけどな。狙いのシマから離れれば、まだまだ打つ台はあるもんだよ。そこをどうにかするのもプロとしての腕だ」  2人ともサウナに入る。ものすごい熱風だ。「カズさんは出身はどこですか」  一瞬、間があったのち、カズが答える。 「福岡県だよ。そっちはやっぱり大阪かい」 「違います。和歌山県ですよ。大阪弁より田舎くさい関西弁使っているでしょう」 「そんなものよそ者に分かるわけないだろう」  カズが少し笑った。 「俺は大学を卒業すると、最大手の警備会社に就職したんだ。一人きりでやる仕事をしたくてな。給料もそれなりだったし。」 「へーカズさんが警備の仕事を。道路で旗振りをやってるやつでしょう?」 「違うよ。施設警備だよ。建物の中で夜中に勤めるやつ」 「ああ、そっちですか」 「俺はいきなり病院警備に回されたんだ。大変だったんだぞ。まず夕方の6時に仕事に着く。医療事務のねーちゃん達と受付業務をこなして、カルテなんかを用意して引き継ぎをする。そこからは全くの一人だ。病院が閉まった後は一人きりで巡回なんぞをする。お化けが恐ろしくてな、特に大きな鏡が置いてある、リハビリルームを巡回するのは勇気がいったもんだ。それから何事もなく終わればいいんだが全くのど田舎でしかも救急病院はそこしかない。真夜中何も考えずにぼーっとしてたかったのに、救急車がひっきりなしにきて修羅場だったよ。交通事故なんかは人数も多いものだから俺も患者を担いだりして手伝だわなけりゃあならない。一応4時間仮眠の時間が設けられてはいたんだが、そんなもん取れるはずがない。大概夜は一睡もできなかったよ。そして今度は事務のねーちゃんに引き継ぎだ。それもカルテを出したり受け付けをしたり。それが朝9時まで続く。15時間労働だ。地獄だったよ。人間何が悪いって、寝られない事が一番こたえるんだ。それで一年たたずに辞表も書かずにトンズラこいたんだよ。いまではきっちりけじめは付けなけりゃと思っているがな。責任感の欠片もなかったな。あの頃は」  実際、カズとこういったやり取りをするのは初めてじゃないのか…いつもはパチンコの話しかしないからだ。カズは聞けば案外すんなりと話してくれる。  今度はカズが聞いてきた。 「お前さん出身大学はどこだ?」 「○○大学ですよ」 「いいとこ出てるじゃないか、それでなぜ就職できなかったんだ?」 「根性のようなものが足りなかったんじゃないですかね。げんにカズさんに弟子入りした時頭をさげましたやん。それで内定とれたんじゃないかと。はは。就職の時はそんな根性カッコ悪くて見せませんでしたからね」  熱風で汗が吹き出てくる。5分間も入っていたら逆に体に悪いのではないかと思うほどだ。  サトシはたまらずサウナを出て水風呂に漬かった。  風呂を浴びたあと3人は寝室に向かう。少し大きなホールで雑魚寝をするタイプの店だ。カズと金井とサトシはそれぞれ毛布とまくらを手にとり、暗いホールの中を進んで寝場所を決めた。  サトシはサウナで寝るのはこれが初めてのことである。  今日はいろんな事があって疲れていた。とにかく夏海の事をなんとかしてあげなければならないなとサトシは思った。  夏海と別れたあと、サトシは情緒不安定に陥った。気がつけば涙がとまらないのである。夏海が会社でそんな不遇を受けているなんて全く知らなかった。驚きを通りこして怒りに変わっている。夏海の何が悪いのか、なぜパソコンに疎いものをそんな仕事に就かせるのか、何もかもがむちゃくちゃではないか。  もしかしたらそういう理不尽な仕事をやらせて自主退社に追い込もうとしているのか…そんな会社は訴えて、賠償させてやる!一歩間違えれば過労で鬱病になり、自殺するかも知れない。リミットは近いのかもしれない。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加