激闘

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激闘

前回までのあらすじ サウナで湯船に入ると、カズが自らの過去を話し始めた。興味深く聞くサトシ。店は自分たちの事を「乞食」と呼ぶ。その一言に愕然とするサトシであった。 朝がきた。3人はサウナを後にし昨日の店に向かう。途中で喫茶店に入ってコーヒーを注文する。すると何故かトーストとスクランブルエッグがついてくる。名古屋付近では、これが当たり前らしい。  カズが10円玉を取り出し、テーブルの上で回し始めた。「それ、久し振りですね」「表か裏か、どっちに賭ける」  サトシは今度は迷わずに答える。「カズさんが取り上げるドボンに賭けます」 「正解だ。ほれ、賞金だ」  カズが10円玉をサトシに渡す。「やっと分かりましたよ。オッズのついていない勝負をしても、意味がないっていう事でしょう。」  カズがコーヒーを飲みながら笑う。「だいぶ成長したな。博才っていうのは、当たり外れを予想するのが上手いって事じゃない。いかに有利なオッズがついているのか、素早く見抜く能力の事だ。それが分かればあの太極の話を理解するのも、もうすぐだろうよ」 「またカズの屁理屈か?」  金井が新聞を見ながら笑っている。  近くのコンビニに寄り、ハンバーガーを3つ買う。休憩を取らずに飯を食うためだ。回る台では一刻が惜しい。開けている台に挑む時には一回でも多く回すことが必須なのだ。  繁盛している店だけあって、朝から客でごったがえしていた。なにやら音楽が流れはじめ、客が入り口に殺到する。  サトシは昨日の台を見てみたが普通程度に閉められていた。周りの台も叩かれている。カズが向かったマックス機にサトシも向かう。  こちらは、ミドル機ほど客はいない。サトシがカズに声をかけるとタバコを置いてある台を指差した。今日はこのシマが開けているようだ。カズがヘソ釘がガバアキの台を取っていてくれたのだ。金井もこのシマで打つ台を確保したようだ。  タバコをカズに返して打ち始める。やはり1000円27~28回転も回る。大阪市内の店では考えられない回りである。田舎なのでこのくらい回さないと、年寄り客が負けっぱなしになるからだろうか…様々な理由を考えていた。  本格的に打ち始めると、一万円以内で単発が当たった。時短を消化し、持ち玉を突っ込むと、また現金投資である。これだけ回ると現金投資も怖くない。しかしここからが長かった。 2万円、3万円、4万円、5万円…長いハマリである。6万円突っ込んだところでようやくまた単発で当たる。時刻は3時を過ぎたところだ。  玉で打っていると、なくなる直前で大当たりがきた。これが伸びる。13連チャンである。投資金額を一気に回収した。玉抜きに時間がかかり、時刻はもう5時を過ぎていた。  カズの方は早々にドル箱のタワーを築いている。 金井もしかりだ。  カズは陰の勝負の方が大事だと言った。勝負内容の事だ。しかし、どれだけ釘が開いていても、今日のようにどハマリを食らうと負けてしまう。勝負の行方などランダムでしかないのではないか…月に数十万円稼げるようになった今でも、そこのところがまだよく分かっていないのであった。  勝負の方はそこからまたハマリである。しかし回る台を打っているため、玉の減りが大阪の店とは明らかに違う。回る台の威力を実感している。これが内容がいいということなのか… カズは持ち玉でハマリを食らうと嬉しくなると言った。サトシはまだそこまで開きなおってはいない。  時刻は9時を過ぎた。サトシの足元には後4箱しか残っていない。マックス機の出玉の荒波を痛感していた。  ラストがきた。サトシは結局持ち玉を全部持っていかれて、6万円の負けとなった。5万円以上負けたのはこれが初めてのことである。  カズの方は投資金額が少なかったこともあり、8万円のプラスである。順調に勝っている。  その日から激闘が始まった。朝10時よりラストの夜11時まで13時間労働である。着替えを1週間分用意しておけという意味も分かった。洗濯する時間がないのだ。週に1回月曜日に店が休む時しかゆっくり出来ない。目一杯睡眠をとりたいのだが、朝8時にはいつものように箒をもったおばさんに叩き起こされる。  あれからはサトシも順調に勝っている。というか順調過ぎると言っていい。今のところ3回の10万超えで、計算すると、平均日当6万円である。本来の28回転の台の期待金額は4万円なので、計算値を大きく上回っている。カズと金井の方はおよそ計算値通りに勝っている。  ある夜、不思議な夢を見た。目の前に大きな岩があった。横にはカズもいる。この岩をどけろと言っているようだ。確か、昔はそういう能力が有ったような気がする。サトシが集中すると、少しずつ岩が上へ上がり始める。カズは平気でその岩に登っていった。サトシも後を追うと、カズの姿はそこにはなかった。  夢の続きを見ているようにうとうとしていた。昨日は寝つきが悪く、睡眠不足だった。  気がつけば台の前にいる。サトシはもうこの店に住んでいるような錯覚におちいっていた。1日の大半をここで過ごしているからだ。  当たりはゆうに25回出ていても、なんら不思議ではない。よく回る台を打っているうえにツキも味方にしている。最終的には計算値通りになるとはいえ…… ……計算値通りになるのは当たり前ではないか! サトシはコインの賭けを思いだしていた。8連チャン勝っても、7連チャン負けても、それは一時の偏りでしかない。大数の視点からみれば、試行回数が多くなるほど分母がどんどん大きくなっていくのである。この原理はパチンコ機の初当たりだけではなく、各モデルケースにまで影響を与えていき、最終的には陰の勝負と陽の勝負が一致していく。それをあの10円玉の勝負の映像化とともに、理解したのだ! サトシは目からウロコが落ちるような感覚を覚えた。  ―悟り…みたいなものかな……  頭の中が冴えて暗闇も去り、分からないところが何もない境地。陰と陽が混じりあい最終的にはひとつになる道理…  カズのいる世界についに足を踏み入れたのだ!  後ろでリーチのたびに台をどついている男が、目の前のバナナが取れなくて騒いでいるサルにしか見えない。(進化せいや!) サトシは心の中で毒づいた。  回転数は300回ほど。持ち玉でハマればハマるほど嬉しくなる意味も心境も、今では理解が出来る。3円で突っ込んだ分投資金額が少なくて済む。この簡単な原理がなぜ今まで理解出来なかったのか。(ついに…1番難しい難問を突破したぞ)  ハマリはそこで終わり、またぞろ出始める。 30回オーバーし、今日も10万円コースであろう。  旅打ちに出てからもうひと月たつ。今日10万円ならこのひと月で120万円オーバーとなる。  カズが隣に座り、サトシの台を見ている。「そろそろラストだ。取り終えたところで終わりにしよう」「カズさんが今まで教えてくれた事、今では全部分かるような気がします」「そうか、パチンコの太極が理解できたか」  3人は24時間やっているレストランに入った。カズがさっそくビールをたのむ。「そろそろひと月だ。目に見えけない疲労がたまっているはずだ。お前さんも今日も10万円勝ちしたことだし。これで終わりにしよう」  金井も賛成のようだ。腰が悪いといっている。職業病のようなものだ。  サトシも同じ事を考えていた。朝起きると体のあちこちが痛い。そろそろ限界が近いとは思っていたのだ。 「カズさんありがとうございました。あのまま大阪で打っていたら20万円いかなかったところでしたよ。ひと月100万越えは初めてです。正確には122万越えでした」 「いいんだよ。俺も久しぶりに3桁いったしな」「俺だけか100万オーバーしてないのは」 金井が叫ぶと全員で笑った。  今晩は3人ともステーキだ。普段より1000円ほど高い食事だ。 今日は珍しくカズのおごりである。 「これでお前さんに教える事はもう何もない。後は自分で腕を磨くことだな」  これで終わりかと思うと何だか寂しい気もした。しかし、物事にはいつか終わりがくるものだ。カズに会えなくなるわけでもなし、とりあえずの休暇である。  レストランの駐車場に出ると、雪が舞い始めていた。岐阜に程近いこの辺りはまだまだ冬が続いているのだ。サトシが電灯の下で大きく息をはくと真っ白な結晶となって消えてゆく。  サウナへの帰りの道でカズがビールを買ってくる。車に乗るとまた飲み始める。「そのくらいにしてないと、明日きついですよ」「今日オーラスのお祝いだよ。お前さんも太極の謎を突破したみたいだし」  雪の中をそろそろ走っていく。カズが口を開く。「お前さんと出会ってからもう1年ちょっとか。早いもんだな」 「そうですね。あっという間でしたよ」 「これを取りきったら、和歌山かな、田舎に帰るんだな。お前さんに大阪は似合わない。 お前さんは、人の中にいて、人のために生きることができる人間だ。そこで就職して真面目に働くんだ。本当はそれが一番いいんだよ。俺みたいに薄汚れちゃだめだ」  サトシもうっすらと思っていたことを、カズがズバリと言った。  サウナに帰り、寝床についた。いろんな事が頭の中を去来する。最も大きい収穫は大数の法則を体で理解出来たという事であろう。  今日もあっという間に寝入ってしまった。  朝8時になった。この時刻でみな起こされて、出立の準備をする。  昨日はよく寝た。外は晴れている。これから家路につくのだ。コインロッカーから荷物を出す。番号札を受け付けに渡す。  このまま帰るのかと思いきやカズが切り出した。「カニ食べて帰ろう。カニ」  旅の最後にふさわしいと思ったサトシと金井は二つ返事でオーケーした。 高速に乗る前にコンビニにたちよる。 走り出すと、カズがさっそくウイスキーを取り出す。 「フォアローゼスだ。俺はこの甘ったるいやつが大好きでな」  割りもせずにストレートで口に含み、チェイサーにジュースを飲む。後ろで寝っころがっている金井も一口含む。  車は名神高速に向かって走る。 「サラリーマン?上司のご機嫌伺いだけして一生を終える。スポーツ選手、5年でほとんど駄目になる。弁護士、歯科医、今では年収300万円の奴もいる」  カズのテンションが上がっていく。「わははは。逆走だよ、逆走するんだ。俺は一人で獲物がとれる。他の奴等は群れないと何にも出来ないだろうよ!」  車は名神高速に吸い込まれていった。
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