リニューアルオープン

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リニューアルオープン

前回までのあらすじ  夏海を心配してとりあえず会社を辞めさせ、引き取る事にしたサトシ。同棲することになり、かつての恋人気分が戻ってきた。  サトシは最近勢いがない。勝つ時も2~3万円でショボい勝負が続く。夏海のためにも頑張らなければならないのだが、出る出ないを予想して勝っている訳ではない。釘の良し悪しを見定めて勝負しているだけなのだ。出玉をどうこう出来る訳ではない。  そんな折、珍しく金井から電話が掛かってきた。「明日郊外の店でリニューアルオープンの店があるんだよ。こっちは3人で打ちに出向く予定なんだが、良かったら一緒にいかへんか」  リニューアルオープンといえば大きなイベントである。出す状態が一週間も続くチェーン店もあるという。こういう情報を握る交遊関係の広さが金井の開店プロとしての本領発揮なのである。サトシは金井にすがりついたが肝心のカズの話が出てこない。どうしたのかと聞くと、カズは絵を描いているので行けないということだったそうだ。 「変わり者だと言えば変わり者だ」  明日から忙しくなると夏海に告げる。夏海は笑顔で「頑張ってね」と見送ってくれた。 「お早うございます」  3人乗った乗用車に拾われパチプロ仲間に挨拶をする。皆40代のようだ。久しぶりのリニューアルオープンに車の中は沸き立っている。ただの新装開店とはレベルが違うのだ。  やがて堺市の郊外店に着いた。 「ここだ」  出入口には既に10人ほど順番待ちをしている。車に乗って待っている人も多い。サトシが、張り紙を見に行くと、9:45分から並び順の抽選があるという。仲間にそう告げると、車で待ってようという事になった。   9:40分、車で待っている人達がそぞろ車を降りて出入口に集まって来た。50人はいるであろうか。サトシは列に並び、大きな箱に入った番号が書いてあるボールを取ると17番とある。今度はその順番通りに並び直す。面倒この上ない。  店内から音楽が聞こえて来た。店員が一人づつ 店内に迎え入れる。サトシはまず海シリーズのミドル、沖縄の釘を見てまわる。開けてはいるのだが、驚くほどではない。次にバラエティーコーナーにいってみると、一台驚くほど空いている。「ルパン三世」シリーズだ。風車上もさほどいじめられてはいない。煙草を置き、コーヒーを買いに行く。  金井たちは海シリーズを各々選んで打ち始めている。  サトシの方は回りは25~26回転、サトシはスマホでボーダーを調べてみた。なんと19.9もあるではないか。渋い。しかし5ポイント以上は上回っている。 金井は2万円の台だ。期待した割にはいつもとあまり変わらないらしい。「僕は『ルパン三世』でいい台を見つけたんで移動します。」「俺達は今日はこれでよしとするよ」  サトシは改めて打ち始める。3000円使って回りはやはり26回転だ。釘からしておそらく上むらでも下むらでもないだろう。バラエティーコーナーに打ち手を引き寄せたいに違いない。最近はサトシもカズが前に言った、「この釘を叩いた人間の心を読むんだよ」という言葉が分かり始めている。  4千円で初当たりだ。出玉は少ないが、確率は99分の1なので深いハマリなどないだろう。STを消化して通常回しに戻ると、また10回ほどで大当たりである。今度はマックスの出玉だ。サトシは箱を積んでいく。しかし最近の台は大当たりをしてから右打ちにするものが多い。これが当たった時、負担となる。しっかり慣れないと無駄玉ばかり出るからだ。サトシは半日かかってようやくその辺りに慣れてきた。  ローリスクローリターンの台だ。役物が複雑怪奇に動き回り目がしばしばするが、だんだん慣れて来る。  サトシは6箱積んだところでトイレに立つ。金井達を見に行くと、それなりに出している。金井はサトシを手招きする。 「カズがよう、最近おかしかないか?」  サトシもそれに薄々感ずいている。台を打っていても上の空の事が多いのだ。 「やっぱりあれかな、稼ぎが目標に達したんで燃えつき症候群になってしまったのかな。俺は嫁さんとチビがいるんでそんな事言ってられねーけど、あいつは一人身だしな…」 「そんな事もあるんですかね」  サトシは自分の台に戻り考える。確かにいつもの店に来ることもまばらになった。金井の話しでは、心斎橋の店にも行ってない様子だ。どこか具合が悪いのか…だとしたら一刻も早く入院させなければならない。 「燃えつき症候群か…」  その疑いが濃厚のような気がする。鬱病みたいなものであろうか。専門家でないだけにサトシはなんとも言えない。  350回のハマリがきて、二箱持っていかれる。しかし、マックスが連続し、手痛いハマリでもない。そこから徐々に持ち玉を増やしていく。  夕方になった。敷地内で営業しているたこ焼きを食べた。なかなかの味である。台に戻るとカズの事はこれ以上考えまいと決めた。鬱病であろうと何であろうとサトシにはどうする事も出来ないのだ。考えるだけ無駄であろうと思ったからである。  時刻は10時、上がる時間だ。サトシは3万円とちょっとの勝ち。計算通りだ。他3人もそこそこ出したようだ。  車を出し、明日の作戦を練る。3人の経験から4、5日通う事になった。  こうしてジグマスタイルから開店プロスタイルに接すると、なんだか新鮮なものだ。なにより仲間がいるのが心強い。サトシは明日もついてくる約束をして、アパート近くへ下ろしてもらった。 夏海は今日正装をして、正式に辞表を提出しに行ったそうだ。辞表を提出すると、上司が憎々しげな顔をした。裏の給湯室で夏海がつい元カレと同棲してくれていると口にすると、反応は様々で 「うらやましー!私も辞めたい」  と言ったり、 「事実上の寿退社だよね、これから残業もないんだよね、いいなー。頑張ってね!」  などと祝福してくれたという。  夏海はサトシより早く出社したのでもうおねむの目になっているが、これがこれからの生活パターンである。昼寝の時間はバッチリとれる。睡眠不足を感じたら自分の好きな時に寝ればいい。生活がこれほど楽になるとは夢にも思わなかったようだ。  昼寝をするのがこんなに気持ちいいとあらためて感じている。昼食を腹いっぱいに食べると自然と眠くなる。ベッドで横になっていると、ある程度まとまった睡眠がとれる。シエスタである。充分に眠るととにかく気持ちがいい。これで仕事もなければ残業もない。まずは夢のようなこの生活を楽しもうと思う。  夕方にサトシからメールが届く。今日はスキヤキだが帰り着くのは11時を過ぎるという。しかし、外食しないで帰るので取っといてくれという。大皿に移し、ラップを掛ける。サトシを待つ幸せな時間である。  サトシが帰ってきた。1日仕事でキツそうである。シャワーを浴びて部屋着に着替える。「今日はリニューアルオープンに行ったよ。新台入れ替えなんかとは比べ物にならないほど出してくれるんだ。今日は3万円の勝ちだ」  夏海に講釈を垂れている。パチンコの話は分からないだろうと、話題を変える。「今日はどうしてたの?」「お昼寝してたわ。昼寝がこんなに気持ちいいなんて、私、幸せ者だわ」  チンしたすき焼きをかっ食らう。飯と合わせると満点のできだ。「おいしいよ」と言えば恥ずかしげにしている。料理が得意なのは付き合ってた頃から知っている。これから二人だけの生活が始まる。 オーラスにもつれ込むと、夏海が飯を作って待っててくれる。これほど嬉しい事はない。新たな生活の第一歩は順調に幕を開けた。  翌朝も車に拾われ、昨日の店を目指す。また抽選があるようだ。サトシ達は車の中で待つ。9:45分だ。店の前に移動し、抽選を待つ。今日は8番だ。幸先がいい。店内から音楽が流れ始める。 臨戦体制に入ると昨日のルパン三世の台を押さえ釘読みをする。風車上の鎧釘はいじくられていない。少しほっとし、金井のところへ行ってみる。  こちらも釘は打たれて無いようだ。「心斎橋の店と変わんねーな」 金井がぼやく。「パチンコバブルの頃はリニューアルオープンなんかの大イベントの時には、そりゃあもうシマ全体が総開けになってたもんさ。それが一週間近くも続いてな、パチプロがわんさか台にへばりついてな。鉄火場になってたもんや。今は開いてる事は開いているんだが、あの頃と比べるとショボいもんやで」  いい時代があったんだろうとサトシは想像する。マンションや、高級車を買えたという話しもまんざら絵空事ではないらしい。  ルパン三世の台に戻り打ち始める。昨日と回りは変わらない。1000円で初当たりだ。しかもマックスである。これまた幸先がいい。サトシは順調にドル箱を積み上げていく。  途中から一進一退の展開となるが玉が減らない。良く回っている証拠だ。ローリスクで負けない勝負をしているのだ。  たいしたハマリもなく、10時となりタイムオーバーだ。今日も3万円弱の勝ち。初当たり確率が99分の1程度だと、出玉の収束が短いのだ。いつも計算通りに出る訳じゃないが勝率は上がる。  3日目、ルパン三世は今日も開いている。へそが心もち叩かれているようだが、そんな事はどうでもいい。この台の釘を打った人間の心を読む。まだ出してくれといっている釘だ。サトシは煙草を置き、金井のところに行く。台は変わらないらしい。今日も1日が始まる。  4日目の朝が来た。またルパン三世だ。今日の釘を見てげんなりした。へそが大きく閉められてしまっている。金井のところに行くと、こちらは閉まってない様子だ。「なんで僕の台だけ閉められたんでしょう」サトシが尋ねると、「海シリーズをメインにする気だからだよ。日当2万円が上限らしいな」 金井が分析する。 ルパン三世を打ってみる。回りは23回転まで落とされている。途中でぶん投げた。 サトシもしぶしぶ海のミドルを選んで打ち始める。 金井がサトシのところに来て告げる。「仲間と話した結果、今日でお仕舞いにする事となった。今日は念入りに打てや」 台の回りは24~5、日当は2万円である。これからも全力で打とうと思う。夏海のために。  勝負の方はいつものように少しだけハマリが来て確変で大当たりである。5連チャンして終わった。投資金額とトントンである。玉で突っ込み始める。回りは落ちない。26回ぐらい回っているようだ。しかし次の当たりがこない。足下の玉を上に上げ追加投資をしていく。今度は300回ほど回して単発だ。今日もショボい勝負か…と思い始めるとまた確変である。ハイビスカスが眩しい。アドレナリンが一気に湧き出る。  確変は10連チャンで終わった。なかなかの勝負になってきた。店員が足下に6箱残して通路に小さな山を築く。  金井も同じような出玉である。あともう少し出ると今日1日玉で回すことが出来る。250回ほど回すとまたハイビスカスが煌めく。サトシは順調に玉の山を築き上げていく。  今日はハマリを食らわない。100回ほど回してダブル、時短を消化して直ぐに単発である。いい調子だ。もう4万円ほどになっているのではないだろうか。今日の勝ちが決定した。 夏海からメールである。今日は酢豚ということだ。サトシの好物だ。勝負も好調だし、ウキウキしてくる。400回ほどのハマリを食らったが、直ぐに確変で大当たりである。店員を呼んで玉の処理を任せる。また5連チャンである。それから回せるだけ回す。  10時になった。タイムオーバーだ。サトシは景品交換所に向かう。今日は調子がいいことも手伝って、全く疲労感がない。結局5万円の勝ちとなった。  スケジュール帳に収支を書き込む。久しぶりの5万オーバーだ。金井は3万オーバー、他の仲間もプラスで終わった。  車で送ってもらう。またリニューアルオープンがあったらよろしくお願いいたしますと挨拶をして別れる。車は闇に包まれていった。  次の日いつもの店に向かう時、出かける時に夏海と軽くキスをする。このような生活は新鮮だった。そして家に帰ると、夏海の手料理が待っている。これを幸せと言うんだろう。大負けしても夏海が抱き締めてくれる。これがどんなに勇気づけられるか。  次の日の勝負まで引きずる事もない。精神状態が安定しているのが自分でも分かる。毎朝新たな一歩を踏み出せるのだ。 サトシのように、収入がマイナスの時もある自由業の場合、それがどんなに励ましになるか。  たまに勝負の途中で持ち玉が無くなる時もある。追加投資は6時までと決めている。そんな時には、カズと一緒に飯を食って帰るんじゃなく、一直線で帰宅である。家に帰ると夏海が待っていてくれる。  サトシは真剣に夏海との結婚を考え始めた。人生のパートナーとして、いい時も悪い時も知り尽くしている。 「まずは種銭をもっと貯めて余裕を作らなくっちゃな」  今日も浮かれぎみに店を後にした。
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