ハイエナ

1/1
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ

ハイエナ

前回までのあらすじ サトシはいつもの店に行ってもルパン三世を追う。しかし疲労感が半端ではない。前の日の負けを取り戻し、やはり慣れた海物語に戻るサトシであった。  冷たい雨が降っている。傘がなければ歩けないほどだ。  スロプロのケンという奴がいつもの店を徘徊中である。年は20才。毎日同じ3人組でスロットのシマを占拠する。相棒はトシ、体が大きく、用心棒がわりでもある。それと子分肌のヨージ3人で立ち回りらしき事をやっている。  しかし、毎日勝っている訳ではない。最近は輪を掛けて負け続けている。 (やはりスロットじゃあ、もう食えないか)  ケンは毎日この店に通っているが、最近の成績はとにかく芳しくない。スロットなんかの設定は完全にブラックボックスではないか。いつもの店はスロットもよく出しているが、目に見える形でいい台かどうかを把握したい。  パチンコのシマをスロット帰りに覗いていく。二人の男がいる。いつも海シリーズの台に取りつき、大概ドル箱タワーを築いている。そして10時前後に帰って行く。  いつも勝っているのは容易に想像がつく。この男達はプロであろう。パチンコは釘が設定のようなものだと言う。それが目に見えているのだ。 (実はパチンコというのは恐ろしく簡単なものじゃあ…いやいやそんなはずないよな、みんな負けている訳だし)  パチプロに転身しようかと考えているのだが、そんなに簡単なものじゃあないだろう。  取り敢えず海のコーナーを毎日見ていると、また二人の男がいつものように勝っている。 10時になって玉を流すと、その後空いた台を打ってみる。やはり良く回っている。  何度かそういうことをくりかえし、いざ決戦だ。ハイエナ戦法である。男達二人が打った台を、次の日、ダッシュして2台を確保する。一人あまるが、そこはへそが開いていると思われる台を選んで打ち始める。  カズとサトシは面食らう。昨日の台を、先に取られていたからだ。これは良くないぞ…とサトシは思う。ハイエナをやられたら、確実に収入が減るだろうからだ。  二人はミドルのシマに向かうとこちらもそこそこの台が落ちている。今日はこちらで勝負することにした。こちらはこちらでよく回る。  しかし納得できない。ハイエナ野郎と朝一の台取り合戦になるのか…ハイエナよりも前に店に到着すればいいのだが、それが面倒臭い。釘読みぐらい自分でせーよと思うが言ったところで聞いたりしないだろう。  スロットが勝てないのだろうか。かなりのピンチなのか知らないが、こちらの知ったことではない。スロプロならプライドを持ってもっとスロットを研究しろと思う。  トイレに行く途中、二人の出玉を覗いて見る。そこそこ出してはいる。まあ、今日の自分の出玉とどっこいどっこいというところか。きのう自分が座っていた台にハイエナがいなくなっていた。トイレにでも立ったのだろう。サトシは釘をみてみた。釘はそのまま、24~5の台だ。  その日から朝が面倒臭くなった。サトシは例の3人組より早く到着するように、15分ほど早く出勤し、列の前に出るようにしてカズを待つ。たったの15分だが、これで3人より早くなった。  入場の時間だ。サトシが身構える。昨日取られた海のマックスを見てみると、開いた台が一台もない。ざまあみろだ。サトシはミドルへ向かう。こっちのシマは昨日開けていた台がそのままになっていてくれた。例の3人組は昨日と同じ台を選択したようで、閉められているのも認識していない様子だ。そのまま打ち始めている。勝負あり、だ。  ケンが、やはりハイエナだけではプロに勝てないと分かったのは思い切り回りが下振れした時だった。どうあがいてもへそに玉が入らない。そういう状態が3分ほど続く。朝イチしか良く回らずに後は凡庸な台になるという不思議な現象。まあ、先に上むらが出ただけなのだが。 「今日二人が打った台を覚えてもう一度だけ打ってみよう」  今日は大きく負け越した3人。このやり方では後が続かないよと教えるためにも、説教してやろうと思うカズ。 「お前らハイエナしてるだろ」 カズがドスのきいた大声でズバリとケンに聞く。流石にこの大阪の修羅場をだてに何年も渡ってはいない。背は高くないが、迫力充分である。  ケン達は色めき立つ。ハイエナでもなんでも先に台を取ったもの勝ちじゃあないのか。そう言わんばかりの顔をしている。  3人は言葉も発せず知らん顔である。カズは怒りながら3人の顔を舐めるように覗き見る。らちが開かないので結局カズが引く形となった。  つぎの日もハイエナである。ここ何日か同じ釘を保っているミドル機にも来た。釘は変わってはいない。カズは別のシマに行き、サトシはミドルの別の台に留まった。この台も回りが変わってはいないが、23~4回しかない。期待金額は1万円強である。打っている途中でぶん投げようとしたが、こっちにも意地がある。そのまま渋い台を打つ。  勝負の方は釘は関係なしに4万円とそれなりに出てくれた。ケンは全く出なかったようで夕方には三人とも、いなくなっていた。ハイエナなどやっても一週間程度では、あまり勝負の行方とは関係ないのだ。 しかしまたハイエナである。カズが説教に出ていく。今度は大声を出すかと思えば、何かを真剣に話し合っている。 カズが帰って来た。「えらいこと長く話してはりましたけど、何をそんなに説教してましたん?」「車を持っているって言うんでな、あの名古屋の店を教えてやっていたんだよ。あそこなら行き帰りはきついが、サウナの場所も教えてやったし、これから稼げるんじゃねーかと思ってな。ほれ」 カズがまたグーグルマップで店とサウナの位置を教えた様子だ。「あいつらは稼げるようになる。俺達の前からあの3人組はいなくなる。一挙両得だ」 なるほどと思った。俺達がいない間の出し入れなんて、こちらとは関係ないのだ。精一杯稼げばいい。カズの機転に思わず関心してしまった。「こういうふうに、丸め込んだほうが万事上手くいく。長年の知恵さ」 カズは指先で頭をこんこんとつついた。「それと3人と9時から飲みに行く事となった。お前さんも来るだろう?」「まあ、飲みに行くのはいいんですけどね。あまりはしゃがないで下さいよ」「分かってるよ。でも、持ち玉で突っ込む事だけは伝えてないと勝てない。そのくらいは、責任を持たなくちゃーな」 5人は近くの居酒屋に入った。絶品の手羽先が食えるのだ。サトシが学生時代、恋人の夏海と良くきていた店だ。「まずは手羽先5人前!」 ひとりひとりに手羽先が配られる。懐かしさも手伝い予想以上に美味しい。「こいつらは、スロットが最近食えないんでパチプロの、つまり俺達のハイエナをしていたんだよ。どう思う」 カズがトシに聞く。「悪かったと思っています。でも、N店じゃ年収1000万円オーバーも夢じゃないって、本当ですか?」「開けているからな。開けるときは半端ないぞ。その代わり夜10時まで打ち続ける根性がいる。月の期待金額はいい台を打ちつづけると、約80万円にもなる」「80万円ですか!俺達はもう、スロットに見切りを着けたんですよ。設定6の台を予想できる訳じゃないし…パチンコはへそが開いているのが目に見える訳でしょう?それでお二人をハイエナしてたんです。すいませんでした」「いいんだよ。N店に行けば驚くぞ。へそがこれでもかっていうほど開けている台が、あちこちに散らばっているからな。当たりが来なくても台を離れずに粘りきる事だ。台取り合戦はそんなにハードじゃない。それでいて開けている台はへそが思い切り開いているからな。立ち回りも楽勝だよ。良く回る台なら当たりが来なくても見放さないでとことん粘りきる事だ」 カズが勝つためのレクチャーをしている。酒が入ったら話したがるのだ。サトシは最近そこら辺が分かってきた。「休みは火曜日でしたね、次の水曜日から本格的に行ってみます!」 ケン達とはここで別れた。行ってみて驚くだろう。おそらく引っ越しするに違いない。若い奴は身軽でいいなと改めて思うサトシである。「稼げれば引っ越ししますかね」「ああ、それもありかもな。あの近辺にはまだ2つの良く出す店がある。住み着くんじゃねーのかな」 いつもより少し酔った。サトシのアパートからは歩く距離である。「カズさんも、天満の街に引っ越したらどうですのん?住吉じゃあ、片道30分かかるんでしょう。途中で乗り換えなけりゃならないし」「でもまた在職証明をどうにかしなくちゃならない。気が重いなー」「そこは蛇の道は」「へびか。まあ考えとくよ、わはは」 ハイエナのケンの問題も片づいた。明日からまた穏やかな日々が待っている。ふたりは扇町の駅へ歩いて行き、そこで別れた。 それから数日後、ケンからメールが届いた。N店に行くと驚いたというのだ。あるミドル機が一斉に開いているらしい。素人目にも分かるほど釘がガバッと開けられ、皆走って、台取り合戦をしているという。とにかく新台入れ替えのようで全部の台が、これでもかっていうほど開いているらしい。三人ともようやく一人立ちしてくれたみたいで、カズも胸を撫で下ろす。サトシにそれを伝えると「良かったですねー。こっちも羨ましいですよ」 と、自分もあそこに引っ越したいと言っている。「あほ!緊急の策や」 とカズが笑いながら打ち始めた。 応援する2人が応援しました 応援コメント1件のコメント 次のエピソードカズの歌アプリで次のエピソードを読む トップページマイページ新着小説
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!