特訓

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特訓

前回までのあらすじ  常勝しているパチプロのカズに、コインの賭けに翻弄されながらも弟子入りできたフリーターのサトシ。これから特訓が始まる。 朝9時に起きる。顔を洗い、頭には整髪料を塗ってジーンズをはく。そして、昨日なけなしの貯金を下ろして買った黒い革ジャンに袖を通した。178cmと、たっぱがあるので似合うといえば似合う。どこかの有名メーカーのバッタもんであろうが気にしない。そして鏡の中の自分に向かってこう言った。「今日から俺はパチプロだ。もう絶対に負けねー」  電車に乗って扇町駅で降り、いつもの店にいく。出している店とあって、朝はいつも混んでいる。3円交換の店だ。 そのなかにカズがスポーツ新聞を片手に立っていた。 「カズさん。おはようございます。」 「なんだ、今日はキメて来てるな。形から入るタイプはあまり上達しないぞ」  カズが笑いながら言うと、サトシは真面目な顔をして答えた。 「今日からはもうパチプロですから!貯金も少ないし負けられないんです!」  サトシの意気込みが感じられた。  扉が開き皆がどっとなだれこむ。 カズがいつも打っている、マックス機のシマに足を運ぶ。マックス機は確率が辛いぶん、店も釘を開けやすい。同じシリーズでミドル機と、マックス機がある場合、期待値が高いのは普通、マックス機なのだ。  カズが2人分の席を確保してくれた。サトシは釘がまだ読めない。弟子にパチンコを教える時、まず最初は師匠が台を選んでやる。最初から勝たせてやって、種銭を早く膨らませてやるためだ。 「それよりお前さん、約束した5万円は持ってきているんだろうな」 「バッチリです。捨てる覚悟で来ました」 「パチンコに投資の上限はない。でもまあ、しばらくは見習いみたいなもんだし、5万円突っ込む覚悟でいてくれ」 「5万円ですか、デカイですね…大丈夫です。パチプロですから」  人にパチンコのいろはを教えてやるには大きく2つの方法がある。  ひとつは最低限の日当、1日5000円とかを保証し、5万円ほどの投資金額を渡し、出玉はそっくり「親」が取っていくやり方。  このような方法は「親」と「子」のよほどの信頼関係がないとなりたたない。「子」が投資金額をちょろまかすからである。財布を同じくする夫婦とかであれば問題ない。「打ち子方式」である。  もうひとつの方法は弟子の打つ台を選んでやるだけで、収支のやり取りも本人にまかせる実戦的なやり方だ。こちらの方が自分の金がかかっているだけに覚えが早い。カズは迷いなくこちらを選んだ。  さっそく二人は別れて打ち始める。しばらくするとカズがサトシの打ち筋を見にきた。 保留3止めをしっかりやっているか見にきたのだ。保留が3になったら、打つのをやめる。盤上に残っている玉が勝手にへそに入ればもうけものである。細かい技術だが、これをやるのとやらないのとでは、1日2000回回すとして、5000円近くの違いが出る。  それと、1000円で何回転回るかの確認である。1000円で平均を取れることはまずなく、普通、3000円位回す。このくらい打ち込むと、あらかたその台の性能が判別する。日当1万円最低限でよしとするなら1000円22回転、3000円で66回転以上で上々だ。 日当2万円を狙うなら1000円25回転、3000円で75回転以上必要となる。  前の人に打たれて、3000円の回転数が分かりにくい場合は携帯の電卓を使う。まずはその回転数を入力してポケットにいれる。3000円打ちきった時の回転数を引くとマイナスの結果がでる。後は、そのマイナスを取り除けば3000円分の結果が出る… というわけだ。  3で割れは1000円分の結果が出る。 「3000円で何回だったんだ」「72回転でした。」 「十分だよ。後はぶれずに打つだけだ」  それだけ言うとカズは自分の台に戻っていった。  マックス機だけに、なかなか当たりはこない。サトシは両替機に向かう。このまま5万円無くなると貯金がピンチになる。しかし、カズを信じて打ち続けるしかない。1万円を1000円に崩してまた打ち始めた。  カズの方を見るともう当たっていた。サトシも席につき、大きく息をすると再び打ち始める。  1万、2万… 3万円でやっと当たった。単発だったがひとまずほっとする。  カズは5杯ほど出して、休憩を取った。サトシもそれに続いた。いろいろ聞きたいことが山ほどある。いつもの食堂へ行き、2人は並んで焼きうどんをたのんだ。 「やっと1箱出ましたよ」 「確変はなしか」 「単発でした」 「玉で打つことになったら迷わず最後まで打ち込むんだぞ」 「それがいまいち分からないんですよ。投資金額を上回ったら引き上げる方がいいんじゃないでしょうか」 「あー、素人考えだな。この店は3円交換だ。玉で打つと、3円の賭け金で打ち込む事になる。玉を残して換金すると、次の日はまた現金投資になって4円の賭け金で打たなくちゃならなくなるだろ。どちらが得かよく考えるんだな。」  サトシはカズが言う事をノートに書きしるす。 うどんをすすりながら、カズが続ける。 「とにかく、玉でいる間はやめちゃいけない。3000円で何回回るかシビアに確認する、これが一番重要だが玉で最後まで打ち続ける、保留3止めを徹底して無駄玉を防ぐ、この3つを確実にやることだ」  サトシはカズの言う事全てをノートに書き記す。そして、何度も見返しているようだ。 「分かりました。確実にやりますよ」  店に戻ると一箱だけ残った自分の席につき、また打ち始めた。1箱などすぐにのまれてしまった。ここからはまた追加投資になる。  5万円飲まれてしまうのが現実的になっていく。サトシの顔がこわばっていく。  しかし3000円使ったところで、また大当たりだ。しかもこれが伸びる。時短引き戻しもあって、8連チャンした。いつものサトシならここで流すところだが、カズの言いつけ通りに玉で打ち込んでいく。 今度は6箱のまれてまた単発だ。げんなりするが仕方がない。マックス機ではよくあることだ。  次は2箱のまれて3連チャン。1箱のまれてまた3連チャン。展開は行ったり来たりを繰り返す。  今度は7連チャンがきた。ようやく投資金額を上回った。サトシはここで止めたいところだが、カズが許さないだろう。またしぶしぶ打ち始めた。  夜9時が来た。タイムアップだ。 11時間労働である。サトシはかなり疲れていた。パチンコで疲労を覚えるのは初めてだ。いつもは適当に出した玉を流しておさらばするからだ。仕事となると、こうもきつくなるのか…  カズはいつものようにドル箱のタワーを築いている。何事もなかったように、店員に玉を預け流している。  サトシも玉を流して、すぐ近くの食堂へ向かう。 「何とか勝ちました。8000円ですけど」「上等じゃないか。」  カズがビールと定食を食べながら言う。 「あの台がくるのは分かっていたんですか」 「そんな事、分かるわけないだろう」 「ひどいですよ、勘で台を選んだんですか」 「いちから教えなけりゃならないのか……」  それを聞いたカズは頭をかかえる。 「あの台が出る出ないという『予想』で台を選んでいるんじゃない。よく回るかどうかだけが、台の判断基準なんだよ。そのために釘読みをして、よく回る台を選ぶ。その後の出る出ないは神のみぞ知るだ」 「じゃあ、回る事だけが台を選ぶ基準なんですか」「そうだよ。よく回るのかどうかだけが、その台の性能だ。のちの展開は予想不能だ。後は計算値通りになってくれることを祈って打つだけだ」  カズはビールに口をつける。「お前さん『大数の法則』って知っているか」 「なんですか。それ?」 「これもいちからかー。勝負が1日や2日勝ったり負けたりしても、当たり前だ。しかし、マックス機で言うと、半年ぐらいでだいたい計算値通りになる。投資金額、モデルケース、出玉の全てに大数の法則が働くからだ。毎日の勝負は勝ったり負けたりするが、よく回る台を打っている限り結果は後からついてくる」  サトシはノートに、「大数の法則」と書いて閉じた。後から調べるためだ。 「成り行き上、明日からは別の店で釘読みについて教えてやる。いつもの店でやりたくないからな」 カズはそう言うと、ビールを飲み干した。 「お前さん、そもそもよく回る台を打つとなぜ勝てるのかちゃんと理解してるのか?」 「いやーそれは…教えてもらってないですし…」「まあ、そんなことだろうと思ったよ。回る台を打つとなぜ勝てるのか、これからじっくり説明するからノートを取るんだぞ」  カズが、少し緊張感を漂わせる。 「パチンコ台はいわゆる甘海というものを想定する。確率は100分の1で一回『単発』大当たり。出玉は1000発、連チャンは無しだ」  サトシがカズの言うことをノートに取っていく。それを横目で見ながらカズは続ける。「確率変動無しの機種なんか今はほとんど無いが簡単なモデルケースなので単発当たりだけとする。連チャンを考えると話がややこしくなるからな。店のルールは等価交換。1玉4円で買って、流す時も1玉4円だ。ここまではいいか?」 「…はい」 「1000円で25回転回る台を選んで打ち始める。4000円で確率分の100回回せるだろう。4000円使ってなんとか当たった。出玉は1000発だから、等価で流すと1玉4円なので4000円戻ってくる。つまりプラスマイナスゼロ。これがパチンコ雑誌などで『ボーダーライン』と呼ばれているものだ」 「はい…はい」 「それじゃあ同じ機種で1000円で33回転回る台を打てばどうなると思う?」 「そんなに開いている台なんかないでしょう」 「あほ。簡単に分かりやすく言っているモデルケースだと言っているだろう」 「そうでした。1000円で33回転回せる台を打つ…それは凄く勝ちそうな気がしますよね」 「そうだろう。3000円使えば確率分の100回回せる。出玉は1000発変わらず。1玉4円で流せば4000円戻ってくる。つまり3000円使って4000円戻ってくるんだから1000円の儲けだ。この超簡単な原理でパチンコというものは勝ち負けを繰り返し、回る台を打ち続けている人間は勝ち続け、回らない台を打ち続けている人間は負け続けているわけさ」  サトシは難しい顔をしてノートを見ている。 「本当にこんなに簡単な事なんですか?」 「そこに確変の要素や換金額差などが加わって複雑怪奇になっているだけだ。連チャンするんで、出玉は3000発くらいが平均だろう。ボーダーラインもぐっと下がって、だいたい1000円18回前後になっている。しかし基本の考え方は変わらない。とにかく回る台を打つこと。そして出た玉で打ち込む。これに限る」  カズが続ける。 「昔『権利物』というジャンルがあって、連チャンなんか無かった時代がずっと続いていたんだ。その時は本当に勝ちやすく、勝率も8割あったんだ。確率は300分の1くらい。一度当たれば3回大当たり確定だ。1万5千円以上出玉があったんだ」 「いい時代だったんですね」 「その代わりよく回る台にパチプロが殺到してケンカがつきもんだったものさ。修羅場だったよ。その頃はパチンコの黄金期でどこの店も開けていたもんだ。パチンコでマンションや高級車を買えるほど儲かっていた時代があったんだ。今はまあ、それなりだけどな」  カズはそれだけ言うと、遠くを見るような目をした。 「カズさんはその頃から勝っていたんですよね」「まあな。でも風俗通いでそこまで金は残っていない」  カズが笑う。「もったいないですねー。いくらくらいつぎ込んだんですか?」「もう覚えてないよ。ん千万にはなるかな」  少し下半身がだらしない人のようだ。 カズが話をもとに戻す。 「釘読みといっても、コンマ0.25ミリの差を見分けなくてもいいんだよ。店が出したい台はけっこうガバッと開けるしな。それを一瞬で見分ける事の方が大事なんだ。いわばその台がなぜ開け返したのかを考える力の方を鍛えなくちゃならない。つまるところその釘を叩いた人間の心を読むんだよ」 「叩いた人間の心を読む…」  カズがサトシのコップにビールをついでやる。サトシもそれを一気に飲み干す。 「ともあれ明日も忙しくなるぞ。早く寝ることだな」  カズは勘定を割勘で済ませ、家路についた。
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