もう1つの流儀

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もう1つの流儀

前回までのあらすじ  1年前に別れたというやくざの元カレがやって来た。サトシはみかを守るため、そのやくざを袋叩きにする。しかし駆けつけた警官に捕まったのはサトシの方だった。一晩を留置場で過ごした後に夏海が迎えにやってきた。  あの騒動から一週間がたった。嘘のように平穏な日々が帰ってきた。昨日は風呂に入らず、夜の11時には寝てしまった。起きたのは8時、9時間睡眠である。布団からのっそりと起き出すと、素っ裸になりシャワーを浴びる。  シャワーから上がると金井さんからメールが。明日グランドオープンの店があるらしい。 サトシはすかさず返信する。 「行きます、行きます。何時に何処で待ってればいいんですか」 「9時に天満の駅下で落ち合おうや」 「分かりました。必ず向かいます」  明日はノープランだっただけに、この誘いは嬉しかった。  夏海が訊く。 「明日は遅くなるの?」 「たぶんな」 「明日は焼き肉にしようと思ってたの。遅くなりそうなら一回メール頂戴」 「オーケー。多分飲んで帰るから、先に寝とってもええで」  次の日、整髪料で髪型をばっちりきめ、革ジャンを着て駅下で待っていると金井グループの自動車が軽くクラクションを鳴らす。あと一人はこの前見た男、総勢3人で出発だ。 「おはようさん」 「おはようございます!今日はグランドオープンなんですよね。腕が鳴りますよ」 金井が笑う。「まあ、そこまで気張らんでも。あんまり出すチェーン店のグランドオープンやないしな」  サトシはガクッとくる。 車が走り出した。 「まあ25回転開いてりゃ御の字やで、昔は台のスペックが違うから簡単に比べられんけど、1000円40回超えは当たり前の時代があったんや」 「40回!今では考えられませんね」 「俺は60回越えの台を打ったこともあるぞ」  運転している男が言う。  金井が補足する。「スペックが甘くなってんねん。それに昔は2.5円返しの店が主流やったからな。そやからトータルの稼ぎはそれほど違うもんやない、まあ、あの頃はよかったちゅー話やな。わははは」  サトシは考える。パチンコバブルの頃の事を。その頃はただの新台入れ替えでも大きく開けていたものらしい。開店プロが跋扈していたのもうなずける。今では開店プロ対策として、新台でもほとんど出さなくなった。サトシもいつもの店の新台を時たま打つが、スカばかりだ。逆に一週間ほどたってから開け返す事が多い。常連客を大切にしているということか。  車は郊外にあるピカピカの新しい店の駐車場に入って行く。玄関前で待っていると店員が出て来て何かを配り始める。「またこれや」 金井が呟く。「よっしゃ取りに行こう」 要は整理券なのだが、この手続きがややこしい。三人で列の後ろに回る。  くじ引きで何番に入れるか抽選するのだ。サトシは18番、まあまあの順番である。他の二人はスカ。30番代である。そしてまた車に戻り、再整列を待つ。  50分、再び整列をし、音楽が鳴り始める。開店時間になると一人づつ順番に入って行く。サトシは海物語の沖縄を押さえる。しかし釘がいまいちだ。風車上の鎧釘も一律調整。金井ともう一人の男は半分より先の大海の台を取る。  1000円、2000円…… 3000円で70回転。1000円で23回転だ。下ムラであって欲しいのだが。  すると金井と男が沖縄に逃げてきた。「25回でまあまあよく回るなと思うたら、ボーダーが23回転やと、めちゃめちゃやで」  金井はスマホの画面を見せる。 「こっちの回りはどうなんや」 「23ですわ」 「日当1万ちょいやな。おい、そっちは?」「23や。多分全部そうやで。どうする?撤退するか」「うーん。やっぱりここのチェーン店はダメやな。まあええわ。今日はこのプランだけや。目をつぶって1万だけ拾うてこ」  改めて勝負の再開である。すると5000円でサトシにスーパーリーチが。しかも魚群が泳ぐ。「ラッキー」  単発であった。がっくりしながら玉抜きをするサトシ。 すると金井が横目で見ながら言う。 「お前さん、トータル確率って知ってるか」 「何ですかそれ?」 「大当たりを一回得るために必要な回転数のことや」 「ん、ん?どういう事ですのん」 「まあええから玉を打ち込んでみ」  時短が終わった。上皿には半分ほど残っている。「ここからがスタートや」  金井がよく分からないアドバイスをする。サトシは玉を打ち込んでいく。 100回を越える。しかし当たらない。サトシは突っ込み続ける。すると103回を越えたところで金井が待ったをかける。「沖縄のトータル確率は、確か105回転前後の筈や。一回玉を全部抜いてみ」  サトシが言う通りにすると、「このドル箱に入っている残り玉が一回の大当たりを得るために必要な回転数を引いた、純然たる儲けちゅー訳や。これで打ってる間にもその台が回っているのか、ダメな台かが分かるんや。ちょっと難しい話やったか?」「一回の大当たりで、たったこれだけしか儲けてないっちゅー訳ですか?」 「お、飲み込みが早いな。さすがカズの弟子やな。1日平均20回出るとして、この少ない玉数でもかける20にしたらそれなりに儲けてる筈や。詳しい計算式は忘れたわ。後はカズ大先生に訊いてみるといい。ちなみにそれ全部打ち込んで150回回せれば合格。120回を下回ればとっとと逃げることやな。10割台や。遊び台。勝ちも負けもせん台ちゅーこっちゃ」「やってみます」 サトシは前に向きなおすとまた打ち込み始める。全部を打ち込んだところで表示は238回、つまり時短を除いて138回になった。「これは……どうですのん」 隣の金井に尋ねる。「まあ、そんなもんや。だから言うたやろ、1万の台やって。トータル確率が分かると1日の期待値の積み上げも分かる便利な指標やねん。130越えとったらええやろ。続ければええわ」  サトシは金井を少し見直した。カズとは明らかに違う流儀で打っている。このトータル確率という物、身につければ実戦でさらに力になる予感がする。  勝負はサトシがマイナス20000円、金井がプラス16000円、運転してきた男がマイナス35000円を割り込んだ。 「やっぱり釘が悪いと出ないんですかねー」 真夜中までやってるレストランで遅い晩飯を食べる。「そんな素人みたいな事いうなや」  サトシは、豚カツ定食を頼んだ。金井と男も思い思いの定食だ。 金井が言う。「まあ、今日みたいなショボい成績も織り込み済みや。もう忘れてぱーっと行こうや」 サトシが尋ねる。「店側は何を基準にして台調整をしてるんですか」「店側は出玉をホルコンでチェックしてるんや。正しくはホールコンピューターの事や。そして、1台づつの出玉はインアウト率って言うもので計算してる。俺達が打ち込んだ玉数をアウト、払い出された玉数をインって言うねん。普通打ち込んだ玉をインって言いそうやろ、でも店側からみるとそれが正解らしいわ。ようわからん理屈やけどな」  金井がビールを旨そうにあおる。 「そやから店側の人間は、パチプロの基礎である『期待値理論』を知らん人間が、経営陣におることも珍しくないねん。向こうは向こうで大数の法則で勝負してんのにやな、その意味も知らんとホルコンの前で偉そうに座っているのが目に浮かぶわ」 「そのホルコンってやつで出玉を不正にコントロールできるんじゃないですかね」  金井はすかさず答える。 「あー、それは100%ないな。出している客をいじめたいんなら、釘を閉めればいいだけのことや。わざわざそんな大がかりな投資をしてまで、裏基盤をつけてたら赤字になってまうわ。俺が20年打ってきて、怪しいと感じたのは今まで一店だけや。そやから、不正にはそんなに神経質にならんでもええで」 「じゃあ店は完全に信頼してもいいわけですね」「そうや。安心して打てばいい」  夜の11時だ。かなり遅くなったところで金井達と別れた。  サトシはアパートへ帰ると窓から明かりが漏れている。夏海は寝ずに待っていてくれたようだ。 「ただいま」 「お帰りなさい。今日は勝ったの?」 「いや、2万円の負けや。さあ、焼き肉食って精をつけるぞ」 「うんっ!」  ホットプレートのうえに肉を並べるサトシと夏海なのだった。  次の日、カズのとなりに座り、昨日の遠征について報告をしていた。 「……という訳で、全部スカ。普通にこの店に来てた方がよかったですわ」「まあ、あの系列ならしゃーないな」 「ところで昨日金井さんにトータル確率ちゅーもんを教えてもらったんですけど」 「あれ?トータル確率は教えた事がなかったっけ」「いや、教えてもらってません」 「そうか、お前さん最近熱心にパチンコ雑誌を読んでるみたいやから、てっきり理解してると勘違いしてたんやな。後で数式から教えてやるよ」 「ありがとうございます!」 サトシは前を向き、また打ち始めたのだった。
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