1/1
前へ
/27ページ
次へ

前回までのあらすじ 金井からグランドオープンの誘いがあった。2つ返事で応ずるサトシ。勝負自体はしょぼかったが、金井に「トータル確率」という概念を教えてもらう。   朝9時に起きる。顔を洗い、整髪料を頭に塗る。近頃出しすぎて、店に悪いみたいだ。しかし、鏡の前でこうつぶやく。「ゲームだ、そういうゲームなんだ」  冬が過ぎ、いつもの店の釘もようやく開いた。サトシは最近、他の店にも出向くようになった。雛が親鳥から離れるように、一人立ちをし始めたのだ。  しかし、どこもいつもの店ほど開いてはいなく、結局帰って来てしまう。  今日はミドルのシマにいい台を見つけたので、朝から打っていると、数台開いている台のうちの一つに見知らぬ男が座った。  少し古びた薄いコートを羽織り、年は40手前か、なぜかこちらをチラチラ見ているような気がする。そして、少し打っては台を離れ、他の台をじっと見、また少し打っては、他の台へ… (パチプロや!)  サトシはそう直感した。寄りもヘソも、今日2番目にいいとサトシが思っていた台に、男が移ったからだ。  男は数千円でなんなく確変大当たりである。サトシはイライラし始める。このままこのシマに食いつかれたらまたエライ事である。今日打っている一番手の台を毎日取り合いになるかもしれない。  投資が2万円を過ぎたころ、ようやくサトシにも当たりが来た。確変である。出玉の勝負をしてもしょうがない事はもうサトシも理解している。頭では分かっているが、心がついていかない。  カズに相談したいところだが、あいにく今日も休みである。絵を描いているとの事であるが、展覧会にでも出す気だろうか。  勝負の方はお互いに一進一退を繰り返している。一時サトシが優勢になったがそこからハマリである。サトシは焦ってきた。500回転、こんなものでは済まないだろう。600回転、もうそろそろ来てほしい。700回転、これが今日一番のハマリであってくれ…800回転、もういいや、1000回ハマリでも行ってくれ。 820回転で大当たりだ。夕方になってようやく脱出した。  そこへカズが現れた。夕方から少し引っかけている。手にはなにやら塗料や油の缶を5個 ほどひっさげている。そのサマは明らかにヤバイ人だ。 下は、履きふるしたジーンズ、うえはくすみが浮き出ているトレーナーと、酒を飲んでるだけなんだろうが、ヤバイヤクにヤられている人間に見える。  まさかこれを吸ったりするんじゃないだろうな…サトシが心配そうに聞くと、カズが隣に座って答える。 「これか?これは油絵の絵の具だよ。近くに画材屋があるだろう。今色を塗っていてな、それで近くに寄っただけだよ」  サトシは朝からの話をカズに聞かせた。カズはそんな事かと笑う。 「旅打ちの時にも二人いただろう。あの店は優良店だからな。常時2~3人は食いついているぞ、ケン達も送り込んだしな、ははは、要はそれを気にするかしないかだけだ。こないだみたいにあからさまなハイエナはごめんだけどな」  サトシの台がまた当たった。カズも財布を出し、打ち始める。サトシが質問する。 「じゃあ、パチプロ同士は敵じゃないんですか?」「そうだな、1台を奪いあうとなると敵だがな、普段は全く関係ない存在だよ」 「それじゃパチプロの敵はいったいなんなんですか」  カズが考えはじめる。サトシはカズの答は「店」だと予測した。しかし以外な答えが帰って来た。 「鷹だよ」 「鷹?あの空を飛んでいる?」 「そうだよ。ある小動物がいるとする。自分の縄張りがないと、飯を食っていけない。縄張り争いをする相手が敵というのは少し違うだろうよ」 「それは僕らをその小動物に例えているんですよね」 「店と言うと思っただろう。店は単なる餌場だ」 サトシの予想もずばり当ててきた。 「絵を描いてるって言ってますけど展覧会にでも出品するんですのん?」 「ああ、その予定だよ。○○展っていう展覧会があってな、プロを目指す若手の登竜門となっている。俺はもう若手じゃないが、絵が売れなくても、パチンコで稼げばいい。二足のわらじを履くことに決めたんだ。これからは週に2、3日しか打たないだろう」 「いいですね、夢を追いかける人生なんて!応援しますよ。頑張ってください!」 「ああ、それじゃ俺は絵を描かなけりゃいけない。じゃあな」  カズはフラフラと帰っていった。  鷹…目に見えない上空から表れいきなり命を奪うもの。カズの禅問答だ。(何かさっぱりわかれへん) 玉抜きはまだ続いている。3連チャンだ。ここからまたハマリである。  夜9時を過ぎた。サトシの足元には2箱しか残っていない。終わろうかとも思ったが、プライドが許さない。全つっぱしようと決めた。  あの男の方はそこそこのドル箱の山を築いていた。トイレから帰って来たサトシは恨めしくその山を見た。  10時、ついに持ち玉が底をついた。普段ならここで終わりのところだが、追加投資に入った。男よりも先に止めたくなかったのだ。  10時半、店が閑散としてきた。ついに男が玉を流した。サトシはまだ投資を続けている。このあたりから期待値が悪くなる事は承知している。(勝った)  鷹…突然現れ命を奪うもの。サトシはとりとめもなくその意味を考えていた。 次の日、サトシが、全力で走って昨日の台を取ろうとすると、すでにタバコが置かれていた。ヘソが開いている台にもライターと鍵が置かれている。誰だと思い、周りを見渡すとカズが両替機の前にいた。 「これカズさんですよね」 「このシマはこっちの出入口の方が近いだろう」 二人のやりとりを見ていた男が他のシマに移っていった。「へん、あほが」  カズが押さえに使った小物を回収し、今日も打ち始める。   午後8時頃、カズが背中を伸ばしながらいう。「今日はこの辺でやめて飲みに行こう」 「どうしたんです、カズさんらしくもない」 「最近疲れてしまうんだよ。このあたりでな」  カズが玉を流す。サトシもしぶしぶ後に続く。  大阪ミナミの歓楽街へ繰り出す。火照った体を冷やすのに丁度いい季節だ。カズが橋の欄干に腰かけて小瓶に入っているウイスキーに口をつける。 「この前久しぶりに郊外店に行くと、3円交換の店が等価交換になっていたよ。等価の店は基本的に勝てない。今まではそこそこいい台を作る優良店だったんだがな…1000円15回転まで落とされていたよ、出す気なんかさらさらない、横ならび調整だ。客も激減していた。店がつぶれる前兆だ」  カズがサトシにウイスキーを渡しながら言う。「ここのところ等価の店が増えているだろう。今持ち駒にしている店が全部等価になったらおしまいだ。パチプロ全員が路頭に迷う事になる」  サトシの脳裏に鷹の影が頭をよぎる。「時代の波ですか」 「そうだな、こればかりはどうしようもない。いつの間にか命を落としてしまう」  サトシはカズへウイスキーを返すと、また二人で歩き出した。 「お前さんは風俗なんかの夜遊びなんかしないのかい?」  カズが聞いてくる。「まだ種銭が少ないですからね、そんな余裕なんてないですよ。それに一人でそんなところに入る勇気がないですよ。カズさんみたいに豪快に遊んでいたら破産しますよ」  サトシが笑う。 「彼女と同棲し始めたんだろう?そりゃ遊べないわな」 「彼女とは昔付き合っていましたからね、あまり新鮮さはありませんが今はほんのり幸せですよ」 「羨ましいなそういうものは。俺はこの10年玄人女ばかりだよ。でも後腐れがなくていい。仕事が仕事だけにな。素人女と付き合うと稼ぎが安定する仕事じゃなくちゃならないだろう。この仕事では安定なんて望むべくもない。それが怖くて女は作らないのさ」  カズがまたウイスキーを一口すする。 「まあ、ともあれ今は種銭を貯める事に一生懸命になることだな。これからの暮らしを考えるためにもな。彼女を泣かしちゃあだめだぞ」 「分かってますよ。しぶちんで暮らしていきます。ははは」 「まあ、無駄な金を使わない事だな。一見いい店に見えてもどんどん出なくなり、最後は客が一人もいなくなった店を見たことがある。釘も最初は開いてたんだがな、一月もしないうちにガチガチになってたよ。パチンコ屋が儲かると聞いて気軽に開店したんだろうよ。しかし経営ノウハウがない。開けるときは開けないと客は飛んでしまう事を理解してなかったみたいだったな。イベントを打っても、うそイベントでガチガチだ。誰もイベントに寄り付かない。客足はどんどん遠のく、そして最後は誰もいなくなってたよ。」 「経営陣が頭悪いやつばっかやったんですね」「だろうな。ど素人が手を出す業界じゃないんだよ」  カズが軽く笑った。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加