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永遠の愛
前回までのあらすじ
サトシは定まらない答えを求めてカズの部屋へ向かう。そこで見た驚愕の情景。ウイスキーのビンが山盛りになった中にカズは倒れていたのだ。すぐさま病院にカズを運び込むサトシ。それからふたりは懐かしい昔話をする。しかし3日後、カズは全てを捨てて、どこかに消え失せてしまっていた。
思えば夏海とは、大学時代に同じ軽音楽部で知りあってからもう6年の付き合いになる。いわば腐れ縁だ。一時は裏切られた身だが、それも許せるようになった。そして今あろうことか、また夏海に恋をし始めている。
そうとでも考えなければおかしい。会社勤めなんかやめさせて俺が養っていくと男気を出すなんて。赤い糸で結ばれているとしか思えない。
たぶんこいつとは、永遠とわの愛でつながっている。さとしは強引にそう結論づけた。あの人間だらけの大阪の街でばったりと再会するなんて。
まあ、一度浮気をしたけれど、あれは一夜の夢。魔法にでもかかっていた感覚だ。もう忘れようあの夜は。
さとしはとある自動車メーカーの展示場に夏海と一緒に足を運んだ。目星を付けているのはシャープでいかつい顔をしたデザインが気に入った軽自動車、ゴライアスである。 その試乗にやってきたという訳だ。濃厚な紫に塗装されたその車は、ぴかぴかにみがかれて神々しく展示されていた。このメーカーの中でもかなりの売れ筋という事だった。
となりに夏海を、後ろにナビの姉さんを乗っけていざ試乗に出発である。比較的に目線が高く視認性がいい車だ。さとしはご満悦である。軽とは言え、新車を買える身分になるとは。
夏海はもうすっかりこの車に夢中である。とにかく軽の割に乗り心地がふんわりしていていいと言う事だった。
最近はやりの自動ブレーキやオート走行、急なアクセルにはブレーキがかかるなど事故防止機能は盛りだくさんである。後部座席を前に倒すとトランクからフラットになる。
「なんかいっぱい積めそうでいいじゃない」
夏海がはしゃぐ。サトシは純正オプションとして付いてくるCDプレーヤーも気に入った。重低音の響きがいい。高音はシャリシャリとキレがある。「やっぱりこれにするか。」
夏海に聞くと「私もこれが気に入ったわ」 と、車体を撫でながら言った。
「これください」 サトシが八百屋で大根を買うように言う。店員は面食らっている様子だ。
バッグから現金200万円を取り出す。オプションまで入れても160万円で済んだ。
数日後、ぴっかぴかの新車がとどいた。 先に契約をしていたアパートの近くの立体駐車場に車を停める。しかし、まだ昼だ。「やっぱりどこか、ドライブに行くか!」「行こう行こう!」
環状線から阪神高速3号神戸線に乗り継ぐ。めざすは明石海峡大橋だ。神戸線を走っているとどでかい橋が見えてくる。いっぱいに開けた窓から涼しい風が入ってくる。インターチェンジで降りて行くと、目の前いっぱいに海が広がる。大橋の上を走っていると、海の上を飛んでいるようで、とても気分がいい。
「気持ちいーなんだか夢みたい」
と夏海が言うと
「実は夢なんや」
とサトシが突拍子のない事を言う。
「え!」 驚いた夏海だったが、サトシは笑っているだけだ。
「もー、びっくりさせないでよ」
夏海がその腕にすがりつく。 高松自動車道に入り、さぬき市を目指す。夏海の事前調査でうどんの名店を見つけて有るのだ。現地へ行くと、もう2時だというのに、まだ長蛇の列である。30分は覚悟しなければならないであろう。
夏海はとにかく楽しい。彼氏の懐具合を心配しなくていいのは本当に頼りになる。その彼女である私が好き…といったところだ。二重に楽しいのだ。車をローンでなくて、現金一括で買ったのには驚いた。格好をつけたのではなく、職業パチプロだとローンが組めないらしい。そんなサトシが新鮮で、夏海はサトシの腕に絡み付いたまま店内に入っていった。
サービスはなし。セルフになっている。おぼんに出て来たうどんをとると、好きなトッピングを取って行く。二人ともゴボ天にした。後は愛想のいいおばちゃんに千円を渡し、小銭を受け取るだけだ。 有名な名店のうどんである。間違いない。つゆの塩梅も薄めでジャストの味だ。麺にはコシがある。ゴボ天につゆがしみて、いい感じにふやふやになっている。二人とも夢中になって食べていく。
つゆまで飲み干し、一息ついた。ひたいにかいた汗を夏海が甲斐甲斐しく拭いてくれる。なんだか妙な気分に陥るサトシである。
店を出て駐車場にいく。ロックを解除すると、助手席に見たことのある小箱がある。 夏海が震える手でそれを掴むと、蓋を開けてみる。中心にはそこそこ大きいダイヤモンドがあしらわれたエンゲージリングである!なにもうどん屋でサプライズしなくてもとは思いながらも涙が浮かんでくる。
「ありがとう。こんな至らない私なのに…」 指の震えが止まらない。助手席に乗り込みキスをする。キスはおつゆの味がした。
「結婚しよう。そして子供を作ろう。早く。そうすればもっと幸せになれるよ、俺達」
サトシの言葉に抱きつく夏海であった。
海を眺めに行った。岬の先端まで出て行くと、360度めいっぱいのパノラマが広がる。瀬戸内海なので波はほとんどないが、時おり思い出したように、「じゃばん」と波が押し寄せる。
「ねえ、出会った時の事を覚えてる?」
「あんまりそこは覚えてへんわ。確かバンドのキーボードを誰にするか揉めてた辺りでお前が名乗りをあげたんちゃうんやったっけ」
「それよりずっと前よ」
「あーもうそうなったら分かれへんわ」
「軽音内じゃなくて新入生のレクリエーションで出会ったのよ。私達。」
「そうなんか。印象にないわ」
「そこでなぜか知らないけれど、フォークダンスを踊ったのよ。覚えてない?」「あー、うっすら覚えてんな。それがお前だったなんかは悪いけど覚えてへんわ」
「まあ、今がよければいいんだけどね、あなたと再会してなかったら、まだ残業している時間だわ。あれだけの地獄を経験すると、もう、大概の事が軽い事に感じてしまうわ」
夏海が海を見ながら涙ぐんでいた。
「カズさんと出会っていなかったら俺もまだコンビニのバイトから抜け出してなかったかもしれへん。そうするとお前とも再会することもなかったやろう。運命ってのは不思議なもんや。俺はな、最近この世の中というもんは全て運命で繋がっているんやないかと思うようになってきた。その運命もただ流されていくんやなくて、自分で掴みとるもんやと考えているんや。カズさんに頭を下げた時に運命の歯車が回りはじめたんや。いい台を掴むのも運命、確率が収束するのも運命、運命論を受け入れた時から俺は勝てるようになった。それもまた運命なんかもしれへんわ」
「運命か…不思議なもんやね」
夕日が空を染めていく。サトシは車を切り返し、一般道を走る。ハンバーガー屋のドライブスルーでセットを買うと、また大阪を目指して走り始める。 来た道を引き返している。掛けている曲はバン・ヘイレンである。CDはネットで購入したものだ。今も色あせないサウンド、変幻自在のギターのおかず、さらに間違いないライトハンド奏法と、全盛期には天下をとっただけある。カズが好きだったのも頷ける。
「今度一回家に帰ろう。そこで正式に紹介しよう」「ありがとうサトシくん。今日は朝から晩まで夢の中のようだったわ」
「そりゃあ良かった」
車は環状線に入った。
駐車場に車を停める。二人で歩いてアパートまで行く。電灯の下でサトシが言う。「着けてみてよ」 夏海が指輪をポケットから取り出し、神妙な面持ちで左手の薬指にはめる。
「キレイやで…指輪が」「指輪キレイねー。こら!」 夏海も関西人である。乗り突っ込みは忘れない。二人は笑いながらアパートへ消えていった。
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