漂揺の狩人

太極

前回までのあらすじ
　特訓が始まった。カズはまず勝ち方の基本をレクチャーするもなかなか理解できないサトシ。理論は置いといて、まずは釘読みだと別の店にサトシを連れ出すが。

次の日、カズとサトシはいつもの店を離れ、カズが持ち駒にしている別の店で打つ。
　心斎橋の店だ。ここもよく出す店のようで、朝から長蛇の列ができている。前の方は一時間待ちである。ここは入るのに、店員が一人づつ押さえている。いつもの店のように、全員がわっと出入り口に集中するわけじゃない。比較的スムーズに入店する事ができた。
　全体的にいつもの店ほど釘が開いてはいないが、海のイベントでは、１０００円２５回転もする台を作ったりする優良店だ。

　海シリーズのミドル機にカズのパチプロ仲間が陣どっている。年はカズと同じくらいか。少しふっくらしたおじさんという風貌である。カズが「よう、久しぶり」と声をかける。カズに仲間がいるということに驚いた。天満の店ではまるっきり一人で打ち続けているからである。

　まずはサトシに台選びをさせる。サトシは自分が打ちなれている、海のミドルタイプのシマに行き、ヘソを見て台を決めたようだ。「へそしか見てないだろう」　カズが言った。「俺が選ぶならこの台だ」
　サトシはカズが選んだ台を見てみた。　へその大きさはほぼ同じ、というか、全く違いが分からない。
「試していいですか？」
　３０００円ずつ打ってみると明らかにカズが選んだほうがよく回る。
「へその大きさが一緒じゃあないんですか」
「へそはほぼ同じだ。しかし寄り釘がわずかに違う」
　サトシは２つの台の肩口の寄り釘を比べてみたが、全く同じに見える。
　カズが台の一点を指さす。「この風車の上の鎧釘、ここが明らかに違うだろう。」
　サトシが見比べてみると確かにカズが選んだ台の方が、鎧釘が内側に曲がっているように見える。「こういう玉の流れを決定する釘を『急所』と言う。多くは肩口にあるもんなんだが、このように風車上の釘で調整している店も多い。それを踏まえてもう一度台を選び直すんだ」

　要点が分かった。サトシは今度は鎧釘だけを見てまわる。するとそのシマには鎧釘が内側に曲げられている台が３台あり、へそ釘もそこそこ開いている台を選んだ。こんな場所で調整してるなんて、言われてみなければ気付かない。

　カズは合格点をやった。
「こうやって寄り釘のいい台を見つけておくと次にイベントに来たときに、真っ先にシマで一番いい台をとれる。店が釘調整するときは、普通寄り釘なんかで調整しないからな」
　カズの言う事をノートにとるサトシ。ついていく方も必死なのである。

「それとこの店は海のイベントをするときはメールで知らせてくれる。情報を握っておくのも大事な仕事だ。メール会員になっておくといい」
　カズが言う通りにメール会員になる。これで有力なイベントを外す事は無くなるであろう。
「ジャンプ釘は上げ釘でも下げ釘でも良くない。水平なのが一番だ。」
　カズがレクチャーを始める。サトシはノートに書いて行く。
「台の中には右打ちがきくのもある。回りが落ちてきたら少しだけ試すのもいいだろう。よほど回りが落ちた時だけだけどな」
「へその形に注意が必要だ。一見開けているように見せかけて実は回らない調整にしているときがある。へその右側の釘を斜めに下げる調整法だ。椅子に座らないと気付かない時も多いので気をつけろ」「そういう調整を一目で見抜く事はできないんですか」
「そもそもそういう台は店が出す気がない台だ。最初から釘が閉まっているんで直ぐに分かるさ。そういう台は相手にしないことだ」
「アタッカー回りの釘にも注意が必要だ。せっかく当たったのにこの釘が内側だと、取りこぼしが多い。平均出玉も下がってしまう。」

　ひと通りのレクチャーも終わり、カズとサトシはそれぞれ選んだ台を打ち始める。
　カズのパチプロ仲間が手招きしている。名前は金井と言った。どうやら金井の横の台もよく回るようだ。例の鎧釘を見ると内側に曲がっている。

　サトシはカズのパチプロ仲間の横に座った。
　カズと話すようになるまで１年もかかったという。元は開店プロ (新装開店だけしか打たないパチプロ) で、今でも仲間から連絡が入った時はジグマ(出す店に居続けるプロ) から新装開店に出向くそうだ。
　カズとの出会いはカズがこの店にジグマとして居座ってから１年ほど経ってからの付き合いだと言う。最初は取っ付きにくい奴だったが、いつもオーラス１１時まで打っているのを見て、飲みに誘うと案外気軽に付いてきたそうだ。ウマが会う人間とはよく話すらしい。サトシは今、カズに弟子入りしていると告げると、「ああ、間違いない」と言う。

「しかし、カズはよく弟子なんかとったな、あいつはずっと一人で立ち回りする奴なのにな」
「僕が無理して頭を下げたんです。最初は嫌そうな感じだったんですけど、もう向こうも慣れてくれたといいましょうか」
「まあ、腕は抜群やし、理論もしっかりしている。いい親方に付いたと思うで」
　金井は太鼓判を押す。
　最初に当たったのはサトシだった。確変で６連チャンだ。投資金額も９０００円。いい出だしである。一方、カズの方はまだ現金投資から抜け出ていない。
　そのうちに、カズにもようやく当りがきた。しかし３連チャン、すぐにのまれてしまう。
　サトシは好調だ。１箱のまれて４連チャン、単発から時短引き戻しで５連チャン、玉がどんどん積み上がっていく。
　カズは出してはのまれを繰り返している。連チャンが続かないのだ。
　サトシにまたもや当たりが来た。８連チャンである。ほぼ今日の勝ちを決定した。

　結果はカズが２万円の負け。サトシは６万円の勝ちとなった。

　仕事を終えて金井を晩飯に誘うと、玉を流して近くの居酒屋に入る。
「へー、カズさんも負ける事あるんですね」
「そりゃそうだ。台が極端に連チャンするようになって、今では勝率は7割だ。昔は８割はあったんだがな。なあ金井さん」
「ああ、パチンコバブルの頃が懐かしいよ。『勝負伝説』は日当５万近くあったからな」
　中華定食が運ばれてきた。カズはゆっくり、サトシはガツガツと食べる。金井が口を開く。
「カズの弟子になる前は何をやってたんや」「コンビニのバイトです。フリーターなんて月１０万がいいところですよ。生きていくのに精一杯でしたよ」
「そりゃー報われへんわな」
　金井はワンタン麺を頼んでいた。ようやく金井の分が回って来た。旨そうに汁をすすっている。「お二人は同じ理論で勝っているんですか？」
　興味があったのでサトシは聞いてみた。「おそらくそうだと思うぞ。勝つ理論か…最近はほとんど考えないな…釘を見て後はどれくらい粘れるかが勝負の分かれ目や」
　金井が答える。「俺も似たようなもんだよ。理論っていうのは最初は熟考するが、だんだん体で覚えるようになるっていうのかな。今では打っている最中は何も考えてないな」
　カズと金井が笑う。
「投資金額の上限ってどう思ってるんでしょう？」「打てるまでやな。朝から２０００回ハマリ食らえば、その時点で引き上げや。俺はそれ以上深入りせーへんな。カズはどうや？」
「俺も似たようなもんさ。２０００回回した時点で午後６時を過ぎているだろう。タイムオーバーだからだよ」
　サトシがさらに問う。
「投資に上限はないって言ってますけど、昔僕の友達でパチンコが上手い奴がいたんですよ。そいつは３万円って言ってたんですけど」
「ばかばかしい。素人が言うことを真に受けるな。強いて言うなら投資金額じゃなくて午後６時がリミットだ。それより長く打っても打たなくても結果はほとんど変わらないっていうデータがある。６時まで打つと約８万円くらいか、いい台ならそれくらいを目安にするといい」
　カズが思い出したように言う。
「お前さん『太極』って知ってるか」
「対局…将棋ですか」
「違うよ。太極拳てあるだろ、あの太極だよ」
「それとパチンコと何の関わりがあるんです？」「陰と陽、男と女、個人と社会。この世は太極で満ちあふれている。パチンコもまたしかりだ。パチンコの世界には目に見える陽の勝負と、目に見えない陰の勝負がある。前者は毎日の勝負の金額的な勝ち負け、後者は結果はどうあれいい勝負をしたかどうかの内容的な勝ち負けの事だ。これらは最初、お互いになんの関係もないように見えるが、いつもどこかで繋がっていて、１年もするとほぼ同じ結果になる。昨日触れた『大数の法則』ちゃんと調べてきたか」「ネットで調べましたけど、コインの賭けがどーちゃらこーちゃらでいまいち分かりませんでしたよ」

　カズが仕方無さそうに口を開く。
「おっ、カズ先生の講義が始まるぞ」
　金井が横から茶化す。
「さっき触れた太極と、この大数の法則は密接に関係している。サイコロで説明してやる。サイコロを振ると１の目が出るのは一見ランダムに見えるだろう」
「そうですね、ランダムじゃないんですか」
「しかし回数が２００回、３００回となってくると、回を重ねれば重ねるほど限りなく６分の１に近づいていく。これはイメージできるか？」「そう言われればなんとなく。短期間じゃランダムに見えるものでも長期間じゃ計算値に近づいていく。そういうことですか」
　カズはコップのビールを飲み干す。
「そういうことだ。で、太極の話にもどるが、素人は目に見える陽の勝負しか見えていない。俺たちパチプロは、逆に陰の勝負しか見ない。サイコロでは６分の１だが、パチンコはそれが３００分の１になっているだけで基本的な考え方は全く変わらない。毎日の勝負は一見ランダムに見えるが、一年も経つと限りなく３００分の１に収束していく。だからいい台を選んでひたすら回転数を稼ぐんだよ。回る台で粘り倒す。最後はこれに尽きる」
　サトシが応じる。
「勝負に勝って試合に負ける…とかいう事ですか」「まあ、当たらずしも遠からずというところか。今日はいい勝負をしたんだから結果は忘れて気持ちを切り替えろって事さ。今日負けた分は必ずいつか出るって信じる事だ。この意味は分かるやつは分かるし、分からないやつはいくら教えても分からない。物事を考え果てたすえにでる結論だからだ。」

　カズがビールをサトシのコップについでやる。

「悟り…みたいなものかな」

　サトシは電車に乗ると今日あった事を思い出していた。今日はとにかくいろいろありすぎた。頭の中がごちゃごちゃして整理がつかない。特に印象的だったのは「太極」の話だ。これも、カズお得意の禅問答のような事なのか、頭が整理出来ればいつかは理解出来ることなのか…。

　それと、カズにもパチプロ仲間がいることに驚いた。いつもの店では全く一人で台に向き合って、こ難しい顔をして打っているからだ。　まあ今日は大勝ちしたし気分よく帰っていった。