再会

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再会

前回までのあらすじ 理論は置いといて、まずは釘読みだといつもの店をはなれ、サトシに釘の見方をレクチャーするカズ。 仕事の終わりに「太極思想」に触れるカズ。サトシはますます混乱する。  サトシがカズに弟子入りをしてから4ヶ月が経とうとしている。勝てなかった昔と決定的に違うのは持ち玉で粘るようになった事であろう。いい台を見つけた日は、カズが帰ろうとも、夜11時、店の閉店時間まで粘ることも少なくない。年が若いという事もあるが、勝てる勝負が面白くて仕方がないというのもある。しかし、それには問題がある。 ラストまで粘れば粘るほど期待金額は高くなるが、オーラス直前で確変が当たるときもある。そうなったらえらいことだ。多くの店では次の一杯分の玉を保証して終わりである。これが嫌なためにパチプロの多くは夜10時で上がる者が多いのだ。それでも確変が1時間以上伸びて、引かざるをえない場面もたまにある。そこらの事情を総合的に計算すると、やはり10時頃が期待値のピークであろう。  サトシは、実はカズが持ち玉で粘れというから粘っているのであって、換金額差を利用してだの、現金投資より低い賭け金で勝負しているだの、細かい知識についてはまだよく分かっていない。頭の中に霧が立ち込めている感じである。しかしなぜ持ち玉で粘れば勝てるのかというのは、感覚では分かってきている。  最近は勝負内容も文句なしで、それは結果にも現れてきている。最初の一月は、まだ10万円そこそこだったものの、後は30万円、35万円、50万円といっぱしのパチプロなみになってきている。  50万円を突破した時はさすがに震えがきた。バイト生活していたころの5倍の収入である。コンビニのバイトは早々に辞めてしまった。 「どこか新しいバイト先を見つけたのかい」 店長が聞いてきた。 「まあ、そんなところです」  サトシは答える。まさかパチプロになったなんか言えない。サトシはこう見えて1年以上は働いているバイトリーダーである。そのサトシが抜けるとなると、店側としても痛い。時給をほんの少し上げると言われたが、パチプロの稼ぎとは比べるべくもない。提案を丁寧に辞退し、晴れて自由の身となった。  しかしツキがいい状態というのはそう長くは続かない。今サトシはどつぼにはまっていた。  おととい1800回のはまりからの単発、昨日は1200回からのダブル、そして今日は朝からまた1300回のはまりである。計13万円の赤字がサトシを襲っていた。  何かしら操作されてるんじゃないかという疑念が頭をよぎるが、カズはマックス機を打っているのだからそういうこともあるさと取り合わない。裏で操作されているのならカズが真っ先にやられているだろう。それにそんなシステムを導入する方が設備投資費がかかって損をしてしまう。そうカズに諭されサトシは脱力してまた投資を続ける。  1400回…もう台を離れたい。しかし金井は2000回は回すと言った。パチプロとしての根性が試されているようだ。  1500回…区切りがついた。流石に今日は諦めようかと思いながらも台にしがみつく。  そんなサトシを見ていたカズがこういい出した。「今日はもう終わりにして遊びに行こうか」 「ハマリはハマリきらないと脱け出せないって言ったのはカズさんでしょう」 「まあ、そう言わずに。取っておきの所があるんだよ」 サトシは憮然としたままカズの誘いに乗る。 地下鉄に乗り、動物園前駅で降りる。地下から地上へ出るとある種異様な光景が広がっていた。  今日の仕事にあぶれた男達が昼間から酒を飲み地面に転がっていた。酒を酌み交わしている男達もいる。どこからか拾ってきたものを四角い布の上に並べ、商売をしているものもいる。どうやったらここまで汚くなれるんだろうという男もいる。カオスの世界だ。  カズがつぶやく。 「俺は仕事が上手くいかないときはここへ来るんだ。そしてこの男達を横目に見て、こう念じる『金がほしい金がほしい金がほしい…』ってな。俺らは、この男達と同類だ、俺達の仕事は気力がつきたらお仕舞いだ。それを再確認するためにここに来るんだよ」  トンネルのようなアーケードの中には将棋場もある。それらさまざまな店を抜けると「新世界」だ。良くも悪くも、この大阪を象徴する街である。 「ここだ」  カズはこじんまりとしたパチンコ屋に入っていった。 なんとそこには往年の羽根モノの名機が今も現役で稼働中である。「羽根モノは打った事があるのか」 「ないですね」 「なら、羽根モノの面白さを教えてやる。これはビッグシューターといって、名機中の名機だ。釘読みは特殊なんで俺が選んでやる」  カズは慎重に釘を読んでいく。そして二人分の台を取る。  打ち始めると1に入り「ピョロ」という音とともに、アームが開く。2に入ると「ピョロピョロ」と2回開く。開いたアームが玉をひろうと、役物の中に入って行く。役物の中央が回転していて、回転体には穴が空いている。その穴を通過すると多くの場合Vゾーンに入って大当たりする。時々横にそれて悔しい思いもするが。  大当たりしても気が抜けない。回転体の横には玉を貯める空間があって、そこに5、6個玉が貯まらないと全部裏側にお流れとなるのだ。5、6個あるうちにまた回転体の穴に通さなくてはならない。そのスリルたるや半端ない。みんなそのスリルを求めて財布を空にしたものらしい。 今の羽モノは大当たり回数がデジタルで決まる。なぜそんな面白くない台ばかりがでまわるのか。規制とやらで決まっているのか。意味不明である。  ひとしきり出入りを繰り返し、二人とも5000円ほど負けてしまったが、羽根モノの面白さは満喫できた。こういうように金を投げるように打つのは久し振りの事だ。 「うちの店でも羽根モノを開けてくれればいいんだがな」 「でも開いてても、あまり儲からないんでしょう」「そうだな。でもたまになら息抜きになるさ」  新世界名物の串カツの店に入る。カズがビールを注文すると、コップ一杯を一気に飲み干した。サトシも出された水を飲み干すと、カズがそのコップにビールを注いでくれる。 「ソースは一回しか漬けちゃあいけないからな。二回漬けるとどやされるぞ」 メニューは20品目ほどある。 「じゃあ、豚バラ2つ!」 「あいよ!」  しばらく待っていると、揚げたてが皿に置かれる。カズがひとつ譲ってくれる。 「今日は俺が誘ったんだ。勘定は気にしなくていいよ」 「それじゃあ、頂きます」  ソースが入っている壺に豚バラを漬けこむと、一気に口にほうりこんだ。ソースのほどよい酸っぱさが、鼻に抜ける。豚バラの脂が最高に旨い。次は鳥を注文する。  サトシがカズに質問する。「カズさんは最高どれだけハマったことがありますのん?」「7倍ハマリだ。これも400分の1の「黄門ちゃま」ってー台だったから4×7、28でおよそ3000回ハマリだ。3日に渡ってハマリ続けた。さすがにこの時は寝込んだよ」 「じゃあ、1500回ハマリなんてかわいいもんなんですね」  サトシは鳥を食べながら呟く。「まあ、そのくらいは覚悟しないとな。ハマリでいちいち寝込んでいると、打てるものも打てなくなってしまう」  次にたのんだウインナーを食っていると、辺りはもう暗くなってきている。「登るかサトシ」  カズが通天閣を見上げながら言った。 「案外おのぼりさんですね。おのぼりさんは高い所好きですもんね」  サトシが笑いながら皮肉る。  展望台まで登ると四方八方の建物に灯りがともり、いい眺めである。  ビリケンさんの足をなで、商売繁盛のお参りをする。しかし、このビリケンさんというのは神様の類いであろうが、どういう類いの神様であるのか見当もつかない。サトシには妖怪にしか見えない。  カズは黙って大阪の街並みを覗いている。その横顔は蒼白く照らされ、まるで黄泉の国の亡者が下界の人間達を羨ましげに見ているようだった。  サトシはカズの今の状況を考えると少し戦慄した。己一人で生きるということは、この社会から隔絶しているということだ。それを15年以上続けていることになる。孤独感や不安感はないのであろうか。しかし、自分も今やパチプロの身だ。世間から見ればカズと同じなのである。いつもカズと一緒にいるからなのか、孤独は感じない。そこは安心出来る。  カズがサトシの方を見て問う。「こんなに、それこそ星の数ほど会社があるのに、そのどこにも入れなかったのか」「本気で探せばどうにかなるんでしょうけど…自分が何をしたいのか全く分からないんですよね。一生を左右する事ですんで、どうしても二の足を踏んでしまうんです。」  サトシが聞き返す。 「カズさんはなんでこの道に入ったんですか」  カズはしばらく無言でいると、重い口を開く。「就職はしたんだがな…自分の性に合わないと分かったんでトンズラしたんだよ。それこそ一生この仕事を続けたくないと思ってな。パチンコはセミプロだったから、これで喰っていく自信はあったし…な」  サトシは思いきって聞いてみた。「たまに孤独感を感じる事とかはないんですか」 「ないな。もう慣れてしまったよ。全くの一人だとそう孤独は感じないもんだ。孤独ってものは人の中にいて始めて感じるものなんだよ」  カズが一息ついて言う。「俺は一人が性にあっているんだよ」  そう言うなり、また街の方を向いた。  カズと別れ電車で家路に着く。その中で見たことのある女性がいた。上はグレーのジャケット、下は濃紺のスカート。学生時代に付き合っていた夏海である!サトシは思わず声をかけた。 「夏海…だよね」  夏海は驚いたような顔をしてこちらを振り向いた。連絡がつかなくなってから3年近くが経つ。サトシと分かると少し泣き顔になる。 「突然いなくなってごめんなさい!」 「構わないさ。あの頃の俺は頼りないだけの男だったからね」 「今は何をしているの?」  サトシは返答に困った。しかし、企業の内定をとれなくておろおろしていた昔とは違う。 「パチプロだよ。いい師匠について修行中だ」  夏海は驚いたような顔をしている。パチプロという特殊な仕事とサトシの人となりをくらべて、面食らっているようだった。 「パチプロなんて…食べて行けるの?」 「今では月収50万円あるよ。フリーター時代の5倍の収入だよ。そっちは会社の方はどうなんだい。上手くやっているのかい?」 「入った会社が残業続きで…夜10時を過ぎる事もあるの。しかも残業代は出ないし…ブラック企業もいいところよ」 「そうなのか…それはつらいな」 「内定取った時は大喜びしたんだけれどね…世の中そう甘くはないわ…」  しばし沈黙が続く。 「君と突然連絡が取れなくなってから、立ち直るのにかなりの時間がかかったよ。あの頃は地に足がついて無かったからな。今は違う。特殊な仕事だけど頑張れば頑張るほど収入に反映される。何より楽しいんだよ。今まで勝てなかったパチンコで今は生活が出来ている。これほど痛快な事はないよ。やりがいのある仕事だ」 「そうなんだ。サトシくん、なんか変わったものね…うらやましいわ」  夏海はかなり憔悴している様子だ。 「これからどこか飲みにいかないか?」 「いいわよ。一人の部屋に帰るのも辛いし」 「じゃあどこかの居酒屋で飲もう」  サトシと夏海は途中下車し、繁華街にあるチェーン店に入って行く。カウンター席に陣どると取り敢えずビールを注文した。「じゃあ思わぬ再会に乾杯ー!」  サトシはごくごくビールを飲むと「プハー」と一息つく。ビールが腹に染みていく。そんなサトシを夏海は笑って見ている。夏海も少しだけビールをすする。 「何でも食べたいのを注文しなよ。金の心配はしなくていいからさ」 「じゃあ手羽先!」 「手羽先2つちょうだい!」  サトシが元気よく注文する。 「付き合っていた頃、居酒屋で手羽先ばっかり食べてたもんね。昔を思いだすわ」 「そうだったな。昨日の事のようや」 「パチプロの仕事ってどんな事をするの?」  夏海が興味津々で聞いてくる。 「朝イチでパチンコ屋に行くだろう、で、回している台を選んで1日中打つだけさ。その回している台を選ぶのが難しいんだ。いい台を選ぶと、仕事の8割は終わったようなもんや。後はどれだけ粘れるかの体力勝負になってくる。時には朝10時から夜の11時までの13時間勝負なんかになる時もあるんや。例え負けてもいつかはその分戻ってくる。おおまかに言えばそんな感じかな」 「お師匠さんがいるの?」 「ああ、恐ろしく強い人だよ。最初は取っ付きにくい人やったんやけれど、慣れてくればよく話すいい人だよ」 「パチンコって毎日勝てるものなの?」 「いや、勝率は7割くらいだ。それでも負けた時いい勝負をしていると、結果は後からついてくる。この結果があとから付いてくるっていう感覚が難しいんだが、まだ4ヶ月だけどな、どう打てばいいか、それだけは身につけたつもりだ。ただなぜ勝てるのか今だはっきり理解している訳じゃないんだ。それはこれからじっくり研究していくつもりや」  サトシは手羽先を食べながら尋ねる。「そっちはどんな仕事をしているの」 「総務課よ。今は社史の編集をしているの。私はパソコンが苦手だから5時までに仕事を終わらせる事が出来なくていつも残業なのよ。しかも残業代も出ないの」 「社史の編集か…あまり面白そうな仕事じゃなさそうだな」  サトシがそういうと、夏海はワッと泣き出した。「そうなの。最初は商品企画課に希望を出していたけれど、総務課に回されてしまって…この御時世じゃ転職は自殺行為だし、完全に行き詰まっているの!」  サトシは夏海が憐れに思えてきた。就職活動の時最初に内定を取ったのは夏海だった。サトシはどの会社に行ってもどこか二の足を踏んで、どうしてもこの会社に入りたいという根性がなかったのだ。企業の採用担当者もそんなサトシを鋭く見透かし、内定を出さなかったんだろうと思う。今振り替えるとはっきりと頷ける。  何か言葉をかけようとするも、どう言っていいか分からない。取り敢えず連絡だけは取れるようにと、メルアドの交換をした。  また電車に乗り込む。夏海とは二駅過ぎたところで別れた。さっそくメールが届く。 「今日はありがとう。また会おうね。サトシくんなんだかカッコよくなってたよ」  そう書くのが精一杯のようだった。
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