真剣師

1/1
前へ
/27ページ
次へ

真剣師

前回までのあらすじ  まだよく分からないまま勝ち組に転じたサトシ。少しずつ自信を持ち始める。 そこに大学時代に付き合っていた夏海との運命的な出会いが。 朝からサトシはげんなりしていた。昨日は1500回ハマリで終わった。今日はその続きを打たなくてはならない。   100回、このくらいで来るわけがない。相手は400分の1のモンスターだ。  200回、今日もまた散財するだけなのか… なるべく早く結論を出したい。  300回、昨日の1500回と合わせて1800回ハマリだ…なんか悪い事したっけ、俺。  400回、またハマリに突入だ。だんだん勝負がどうでもよくなる。呆けたようにただ1000円札を突っ込んでいく。 「というわけで、また確率を上回って500回でようやく当たりましたよ」  カズと遅い晩飯を食べながら、今日の展開について話している。 「昨日の1500回から続けて2000回か。確率はおよそ400分の1だから5倍ハマリだな。そのくらいは普通にくるぞ。ただ1000回ハマリが3連チャンするのは滅多にないな。しかも、間は単発と、ダブルだろ。さらに最後は2000回だ。それはツキが悪すぎるとしかいいようがないな」  カズは少し半笑いになって答える。 「それからは普通に出入りを繰り返して2万円勝ったんですけどね。」 「まぁ、お前さんが打っている台は平均月収が4~50万円ぐらいだ。内容の伴う勝負をしている限り、ここ何日負けていても、その分いつか出ると信じて打ち続けるしかないな、内容の伴う勝負をしている限り、だぞ。ここ重要だ」 「カズさんはハマリの時どうしてるんですか」 「いい台を選んでいる時ほど嬉しくなるけどな。たんまり出した持ち玉を全つっぱした時はさらに嬉しくなるな」 「嬉しくなる…?」  カズがビールを口にしながら言う。 「だってそうだろう。持ち玉なら現金投資より低い賭け金で勝負していることになる。例えばだよ、運命論的に後500回回せば大当たりがくると決まっているとする。その時現金投資でそこまで到達するのと、持ち玉で到達するのでは、賭け金が違うだろう。4円賭けか3円賭けかだ。だから持ち玉である限り夜9時10時になるまで打たなきゃならないんだよ。お前さんは最近ラスト11時まで打っているみたいだがな。持ち玉の限り打ち続けるのがベストだ。俺は最近9時までしか打たないけど、これじゃいかんなと思い始めているよ」 「それですよ、それがまだ全く分かってないんですよ」 「でも持ち玉を全つっぱし始めたら、とたんに勝つようになっただろう。結果もついてきているんだし、後は自分で考えるんだな。自分で答えを見つけたほうが理解が深い。」 「どう、考えればいいんでしょう。」 「それも含めて考えるんだ。人間なにか単調な事をしている時が一番物事を考えやすい。パチンコを打っている時が最もいいだろう。ヒントだけ教えてやろう。考える時は単位を揃える事だ。金額じゃなくて、球数で考えると理解がより深くなる。ま、何かしら考えついたらまた報告するんだな」  カズは2本目のビールをたのむ。 「ノート持ってるか」 「あ、はい」  サトシは慌てていつも身に付けている、小形のバッグからノートとペンを取り出した。 「電卓もだ」  これは最近持っておけと言われたものだが、携帯に電卓機能がある。 「さて、何倍ハマリまできやすいか。計算してみるぞ。1倍ハマリ、つまり確率分回して当たらない割合は何%だと思う」 「50%位ですか」 「惜しいな。正解は36%だ。つまり確率内で当たるのは64%ということになる」 「それは確率が100分の1でも、400分の1でもですか。」 「そうだ。確率に関係ない。次は2倍ハマリ」 「36%の…そのまた36%ですよね」  サトシは電卓をたたく。 「出ました。約13%です。」 「次、3倍ハマリ」 「4.6%です」 「次は4倍」 「1.7%」 「次は5倍」 「0.6%」 「次は6倍」 「0.2%」 「次は7倍」 「0.07%ですけど、どこまで続けるんですか」  サトシは少しむくれる。 「ちょうど7倍ハマリまでだよ。というのも、俺が経験したなかで最もひどかったのが、7倍ハマリだったからだ。8倍には未だに遭遇していない。こうやって計算しておくと、ハマリが怖くなくなるはずだ」 サトシは話を変えた。 「カズさんは競馬とか競輪とか、他のギャンブルに興味はないんですか」 「ないな、パチンコ一本だ。二兎を追うと、必ずどちらかが手薄になる。なんでそんな事を聞くんだ」「あいや、カズさんなら、こうすれば競馬が勝ちやすくなるとか、いろいろ知っているかと思って」「まぁ、手を出さない事だな。パチプロは1万人位はいると思うが競馬のプロなど聞いた事がない。例えば一番人気の馬に賭けるとするだろう、しかし過去の統計では4回に1回しか勝っていない。必要なオッズはいくらだ」 「それは…4倍以上ですよね」 「だろう。一番人気の馬にそんなオッズがつくはずがない。例え万馬券を狙ってもだめだ。こちらは30回に1回しか来ていない。これを狙って万馬券になりそうな全組み合わせを買っても、それを30回も繰り返さなくちゃならないんだ。やっているうちにあっという間に破産だよ」  カズはパァッと、手を広げてみせた。 「競馬場に予想屋なるものがいるだろう。あいつらは予想だけして絶対に自分で賭けようとはしない。負けるのが目に見えているからだ。カジノの事は知らないが、この日本でギャンブルの真剣師 (自分の金を賭けて生活している者)が存在しているのはパチンコだけなんだよ。まぁ、パチンコで地道にやることだな。間違っても馬には手を出すなよ。地獄を見るぞ」  カズが脅す。  明日はいつもの店も休みだ。一山越えた充実感を感じながら、思いきり寝てやろうとサトシは思った。  またいつもの朝が来た。今日もハマるのか…サトシは悪いイメージしか湧かない。鏡を見ながらこう言った。「絶不調の時を乗り越えてこそ人生さ、ふん」  今日も電車で15分前に到着した。あくびをしながら待っていると、カズがやって来た。挨拶をし、臨戦体制に入る。音楽とともに扉が開く。昨日打った台に真っ先に煙草をおいた。釘読みである。昨日から少しだけ落とされているような…他に開け返した台も無かったので、今日も打つことにした。1万円を両替しに行く。3000円使ったところで70回転だ。しかし、釘には自信がある。下振れだろうと、追加投資をする。  5千円使ったところで確変大当たりだ。連チャンは時短引き戻しも含めて14回で終わった。滑り出しも上々だ。今日はハマリに苦しめられることはない気がする。100回近く台に飲ませると、またもや確変である。そこからは12連チャン、5連チャン、ダブル、また10連チャンと、留まるところを知らない。   ――突っ込んだ分はいつか必ず出るんだと信じて打ち込む事だよ  カズの言葉だ。今その状態に入っているらしい。はしっこに座っているのでドル箱タワーは横に積まれていく。あまりに出過ぎてトイレに行く隙もない。  少しキリが付いた。真っ先にトイレに向かう。膨大な量の小便が出る。「ふーん」と一息つくと、長い用を足した。  出玉はすでに10万円を軽く突破している。このまま帰ってしまうべきかサトシは悩む。苦慮の末、持ち玉を全つっぱする覚悟ができた。鏡を見ると顔が少し青ざめている。10万超えでヘタレているのだ。  再び台に座り直す。上皿に玉を継ぎ足して続行である。すると今度は500回回して単発で当たりである。段々洒落にならないほど玉が積み上がっていく。  隣に座っているお姉さんが声をかけてくる。「いつも出しているわね、あんた。コツがあったら教えてよ」  パッと見きれいな姉さんだ。スナックで働いているらしき風貌だ。しかし今はそれどころではない。ドル箱に一杯になると取り敢えず開いている方の椅子に置く。そこの開いているドル箱を取りだし、自分の台の下に置く。あまり従業員に手間を取らせないためだ。「良く回っている台を選んでとことん粘る事だよ。コツはそれしかないよ」  姉さんに助言する。  恐らくもう18万円は勝っているのではなかろうか。ドル箱タワーは信じられないほどの大きさにふくらんで、通路にまではみ出している。そこの天辺に「大爆発中!」という札が突き立てられている。   カズが見に来る。「これは出してんな」 と言うと「盗難に注意しろよ」 と、警告を与える。   またもや単発であるが、その後すぐにまた確変で大当たりである。10時を過ぎた。ようやく確変から通常に戻る。巨大なドル箱タワーを店員に預ける。 見物客から拍手があがる。トータルの当たりは45回、19万円を突破した。ここ最近突っ込んだ分がまとめて出た感じだ。1日で出した記録をあっさりと塗り替えた。カウンターにいくと、特殊景品が山ほど出てくる。それをもってさっきの姉さんに声をかける。「とにかく回る台で粘る事だよ。粘っていればいつか今日の俺みたいに大勝する日がきっとくる」  姉さんは「そう」とだけ言い残してまた盤面を見た。  店外にでると、カズが拍手をしている。「へたばっただろう」  カズがねぎらう。 「今日はなんかおごってやるよ。お祝いだ」 「本当ですか!ご馳走になります」  二人は近くの居酒屋に入った。サトシは次々に注文する。 「食えるだけにしとけよ」 「腹がへって死にそうなんです…」  サトシはか細い声で訴えた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加