街歩き

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街歩き

前回までのあらすじ 「持ち玉ではまると嬉しくなる」 カズが奇妙な事を言う。理解できないサトシ。 ある日サトシの台が思い切り噴きはじめる。そこできれいな女性に声をかけられる。 夏海からメールが入っている。 「今日も仕事は残業よ。そっちはどうなの?」 「今日は今までで一番勝って、19万円のプラスだよ。まあ、いつもこんなに勝つ訳じゃないけれどね」 「私の一月の給料じゃないの!羨ましいわ」 「でもそっちはボーナスがあるだろう。それの方が羨ましいよ」  居酒屋でレバニラ炒めなどを頼んでメールをいじくっている。昔はメールなんかしなかった。今は通話よりメールの方がしっくりくる。程よい距離を保っていられるとでも言おうか。 「ごめんなさいね、愚痴に付き合ってもらって」「いいんだよ。それより体の方、大事にしなよ」「ありがとう。また今度どこかで会わない?」「じゃあ、今度の日曜日、天神橋筋めぐりでもするかい?」 「あの日本で一番長いアーケードよね。行く行く!」  これで今度の日曜日は休みになった。昔の恋人気分が徐々に盛り上がっていく。久しぶりのデートにわくわくし始める。こういう気分は何年ぶりだろう。無精髭が伸びている。当日はちゃんと剃っていかなければならない。 「彼女かい?」 カズが聞いてくる。 「まあ、そんなもんです」 「あまり見栄を張って散財するんじゃないぞ、後で後悔するからな」  当日日曜日、まだ外は暗いが朝5時に目が覚めた。昨日は夜の9時に寝たからである。待ち合わせは朝の10時である。少し早すぎるが、寝不足で夏海と会いたくなかったのだ。寝不足ではついイライラするクセがある。シャワーを浴びて、暫くのんびり過ごす。  いつもの革ジャンに袖を通す。戦闘服である。これを着ると大胆になれる気がする。  天神橋筋六丁目駅で待ち合わせである。夏海はトレーナーに厚手のコート。下はお気に入りのパンツ姿である。手を振りながらこっちへ向かってくる。  サトシもそれに応えた。  本当に久々のデートだ。六丁目から確か一丁目まであるらしい。2km以上もある。パチンコ屋が密集しているのは天満駅の近くだ。まずはそこへ向かって二人で歩き始めた。 「3年か…」  夏海が、言葉にする。いろんな意味で言ったのだろう。サトシと別れてから3年、今の会社に就職してからの3年。サトシはあっという間の気がする。特にカズに弟子入りしてからは、目まぐるしい日々が続いているのだ。 「3年やな……」  サトシが応じる。 「この3年の間に彼氏はおったんか?」  夏海はサトシの脇をつねる。 「いたた!」 「そんな余裕あるわけないでしょう!」  何故か想像以上に怒りだす。そしてサトシの手を取り腕を組む。 「怒ってんのか、機嫌がいいのかどっちやねん」「両方」  女心は分からない。 「この店でいつも打ってるんだよ」  サトシはいつもの店の前で夏海に言う。外見は普通の店だが、しっかり開け締めをするいい店だ。  夏海は時々陶器の店に立ち寄って見ている。皿や茶碗に関心があるらしい。 「気に入ったのを買いたいのよ」 真剣に物色している。色んな店に入っていく。陶器の店がやたら多いと感じるのは気のせいか。 「こんなのよー!これこれ」  夏海が選んだのは少し大きめのピンク色の皿二枚だった。一枚なら分かるが二枚とは。割った時の予備だろうとサトシは気にする様子もない。丁寧に梱包され、サトシが持ってやる。 正午が近づいている。今度は飯屋を探してうろうろし始める。少し進むとイタリアンレストランのランチの時間である。サトシは迷わずそこに入っていく。 「高そうじゃない?」  夏海が言うと 「何万も取られる訳じゃないだろう」  と、頼もしい返事である。明らかに昔のサトシとは変わった。太っ腹になっている。夏海はそんなサトシに惹き付けられ、ウキウキしながら入って行く。  ランチは旨かった。カルボナーラとかいうやつが絶品であった。二人で4千円とられたが、値段のだけはある。夏海も大満足したようだ。  三丁目ふきんでまた一件のパチンコ屋を見つけた。「仕事や」といい、中に入ると閑散としている。釘を見ると頷ける。ガチガチに閉めている。しかし海物語のミドルを見ていくと、あきらかに開けた台があるのだ。サトシは3000円分を測ってみる。78回転だ。千円26回転である。サトシは目まぐるしく考える。まさかこんな表通りで裏基盤を使っているなどとは考えられない。考えられるのはパチプロを呼び込み、出させて、他の客から搾り取る。これしか思い付かない。とにかく明日打ってみようと最寄りの地下鉄を押さえる。  それからは公園に行き、別れた後の話をした。夏海は今の会社の事を話した。 「とにかく自分の時間が取れないの」  10時まで残業するとそうなるであろう。2時間程の間しか自由時間はないはずだ。そのなかには通勤時間も含まれる。睡眠時間を削るしかない。長い間睡眠がとれないと、鬱病になり自殺するかもしれないのだ。それだけが心配だ。  別れの時間になった。サトシは地下鉄に向かう夏海に持っていたお皿を渡す時、抱き締めてキスをした。夏海は体の力が抜けていく。それはこれから俺を頼っていいんだぞというサトシなりの覚悟だった。「また会ってくれる?」 「もちろんや。週末に会おうや。俺も休みを取るからさ、稼ぎは少し減るけどそんなもんどうでもええわ。また昔のようにいろんな所へ行こうや」 「ありがとうサトシくん。また付き合ってくれるの?」 「当たり前やろ。でないと今日の誘いも断ってたで」  夏海は少し泣いている。自分のハンカチを取り出すと、涙をぬぐう。  それからまた立ち直り、バイバイをして見えなくなった。  翌日、朝一から昨日見つけたあのパチンコ屋に入る。例の台を確保し、コーヒーを買いいざ打ち始める。  回りは26回転で落ちない。サトシは迷わず投資をしていく。煙草を吸い、コーヒーをのむ。画面におかしなところがないか検証するが、何も気になるところはない。  投資額はどんどん膨れ上がり3万円を突破する。そろそろヤバイなとは思ったものの、今日のプランはこれ一本だ。少なくとも1000回は回しておきたい。中途半端なところでやめるとプライドが許さない。  1000回ハマリがあっさりときた。サトシは店を後にした。そしていつもの店に向かう。 カズを捕まえて、横に座る。 「昨日三丁目付近でおかしな店を見つけたんですよ。釘はガチガチ、客はまばら。でもその中に、1台だけ26回転も回す台を見つけたんです」  カズはピンと来たのかにやっとする。 「それで?」 「今日確かめてやろうと朝一から行ったんです。そうすると見事にスカ。1000回ハマリを食らってここに逃げて来たんです」 「はっはっは、だろうな、あそこは『お化けの店』って有名な店なんだよ。意地をはって、2000回まで投資しなくてよかったな。明らかに不正行為をしているのに摘発されない。だれがどれだけ説明してもだめなんだ。お前さん、ある種、貴重な体験をしたんだぞ。世の中には、不可解な事も多い。見るからに怪しい店と台には今後近寄るまいって体で覚えただろう」 「まさにそのとおりですね、昨日の段階でうっすらそう思ってたんですよ。最初の勘を信じるべきでしたね、26回転につられてしまって…あさはかでした」  サトシはそれだけ言うと、安心して海物語を打ち始めた。
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